菌根菌の培養によく用いられる培地として、カビの培地として一般的に知られるもの(PDAとかモルトアガーとか)の他、かつて国内でよく用いられていたものに浜田培地があります。また、国際的にはページの真ん中へんに載せた半合成のMMN (Modified Melin-Norkrans)培地がスタンダードなようです。
このページは当初はISO-2022-JPで記述していた、つまりUNICODE以前の古いページでした。痕跡が残っていますが気にしないでください。そんなものでも見てくれる人がいるらしいことを知って、2023年に少しだけ手を入れました。
グルコース | 20g |
乾燥酵母 | 5g |
リン酸2水素カリウム | 1g |
寒天 | 15g |
水道水 | 1000ml |
1N塩酸でpH5.0に調整する
グルコース | 20g |
イーストエキス | 2g |
リン酸2水素カリウム | 1g |
寒天 | 15g |
水道水 | 1000ml |
ショウロ用にはpH調整なし
ずいぶんシンプルな培地ですが、例えばショウロやチチアワタケの培養にはこれで十分で、下の半合成(MMN)培地に勝るとも劣らない生長量が得られます。
グルコース | 10g |
イーストエキス | 2g |
ハイポネックス®(粉末) | 0.5g |
寒天 | 15g |
水 | 1000ml |
これを半分にしたり1/5にしたり(ただしグルコースは4g)というバリエーションもあります。野菜ジュースろ液を15mlくらい加えることもあります。浜田培地をベースにこれを開発された滋賀県森林センターの太田さんは言わずと知れた菌根菌純粋培養栽培の第一人者で、この処方自体は奈良県森林技術センターの山原さんに教わりました。ハイポネックスは液体ではダメで、必ず粉末タイプでなければならないそうです。
component | Concentration in 1000ml |
---|---|
Glucose | 10g |
Citric acid | 1g |
Ammonium tartrate | 1g |
KH2PO4 | 1g |
MgSO4 /7H2O | 1g |
CaCl2 /2H2O | 50mg |
HEPES** | 7g |
Mineral solution*** | 10ml |
Vitamin solution**** | 10ml |
* Adjust to pH 5.0-5.1 with 1N KOH.
** 4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid.# 最初に書いたときなぜか75gになってました(おのれは数字もよう書き写さんのかい>自分)ごめんなさい。
*** Composition in 1000ml is FeCl3 5g, MnSO4 /4-6H2O 50mg, ZnSO4 /7H2O 300mg, CoSO4 /7H2O 50mg, CuSO4 /5H2O 100mg, NiSO4 /6H2O 200mg, Acetylacetone 3ml.
**** Composition in 1000ml is Thiamine HCl 300mg, Nicotinic acid 5mg, Folic acid 3mg, Biotin 5mg, Pyridoxine HCl 0.5mg, Carnitine hloride 1mg, Adenine H2SO4 /2H2O 3mg, Choline chloride 3mg.
A. Ohta (1990) A new medium for mycelial growth of mycorrhizal fungi. Trans. Mycol. Soc. Japan 31: 323-334 より引用。ISO-2022-JP では半角の「・」が表現できないので" /"で代用しました。上記 OH培地と同じく滋賀県の太田さんが開発されたものです。ちなみにオリジナルの論文は2023年時点でオンラインになってないようです。私自身はここまで複雑で繊細なものは作ったことがありませんが、(だいたい培地作りにpHメーターを使うって時点で私には無理、とは言わないけれど使わないで足りることしかしていないので使いません)「Ohta's medium」といえばこれらしいので。
塩化カルシウム | 0.05g |
塩化ナトリウム | 0.025g |
リン酸2水素カリウム | 0.5g |
リン酸水素2アンモニウム | 0.25g |
硫酸マグネシウム7水和物 | 0.15g |
塩化鉄(III) 1%溶液 | 1.2ml |
チアミン塩酸塩 | 0.1mg |
麦芽エキスペースト | 3g |
ショ糖 | 10g |
寒天 | 15g |
蒸溜水 | 合計1000ml |
121度で15分間オートクレーブするとph5.5-5.7になる
引用元はMarx 1969, Phytopathology 59: 153-163. らしいのですが、2023年の段階でPhtopathologyは1970年以降しかオンラインではなく、手元にも残っていません。その他の引用元としてMethods and Principles of Mycorrhizal Research (Shenck, N. C. ら編、1982)というのも見かけます。というかその本なら手元にあります。Molina R. and Palmer J. G. によるChapter 11 (p.115-129)122ページに4種類の培地が載っていて、その中にこの処方があります。あっ、よく見るとこの本の処方には寒天がないじゃないですか。Marxの元論文にはあるのかどうか、調べなければ。どうしよう。そうだ資料課(図書館)行こう。……ありました。ちゃんと「Bacto-agar (optional) 15g」と載っていました。pHのことも記載されています。紙の資料は大事ですね。オンラインでなくても所蔵検索して複写請求すれば時間はかかりますが手に入りますし。
次に、私が普段使っている培地を挙げます(過去形の方がいいかも:最近はOH培地ばかりでこれはめっきり使わなくなりましたから)。この培地は学生時代に奈良教育大学の菊池淳一氏に教わったものをいくらか改変したものです。961(培養用)と962(分離用)とがあります。この番号には大した意味はなく、Modified MMN の一種と考えて下さい。
グルコース | 10g |
モルトエキス | 3g |
リン酸2水素カリウム | 500mg |
酒石酸アンモニウム | 500mg |
硫酸マグネシウム7水和物 | 150mg |
塩化カルシウム2水和物 | 70mg |
鉄(III) EDTA | 10mg |
チアミン塩酸塩 | 0.1mg |
V8 ジュースろ液 | 10ml |
寒天 | 15g |
蒸溜水 | 合計1000ml |
961 のグルコースを5gにして、塩酸テトラサイクリンを250ppm添加する
さすがに毎回これだけ計って作るのは大変ですから、通常はストック溶液を利用しています。リン酸2水素カリウム以下の6種類については、200倍濃度の溶液を作って(200mlもあれば十分でしょう)毎回5mlずつ使っています。なお、200倍濃度のままで混ぜ合わせると沈殿が生じるので、ストック溶液は薬品1種類ずつ6本作り、培地を作るときにある程度の量(半分くらい)の水をあらかじめ入れた上でストック溶液を加えていきます。
これらは冷蔵しておけば少なくとも半年程度は使えますが、冷蔵した無機溶液でもカビが発生することがあるので要注意です。カビのチェックのためには透明な瓶が望ましいと思います。
なお、処方の最後にある V8 ジュースですが、植物病理方面でよく利用されている Campbell Soup 社の野菜ジュースです。輸入食品店には大抵ありますし、大手スーパーにあることも珍しくありません。V8 と指定するのは論文への書き易さのためで、実用上は別に国産のものでも構わないと思います。ただし、961 の処方はオリジナルの MMN から塩化ナトリウムを省略しているので、無塩タイプはよくないかも知れません。
これのろ過は、検鏡の邪魔になる繊維質残渣を除くためですから、ADVANTEC の No.1 か 2 (または相当品)で適当にろ過すれば、濁りはとれていなくても問題ありません。昔ながらのブフナー漏斗でも使って減圧濾過するとよいでしょう。すぐ詰まるので少量ずつ。キッチンペーパーで前処理する奈良林試方式は能率がいいそうです。遠心分離したい人はもちろんそれでもいいでしょう。培地ごと検鏡したりせずただ「生やせばよい」のなら、全くろ過しなくても大丈夫です。いずれにせよ、15ml の蓋付きプラスチック試験管などに 10ml ずつ分注して冷凍しておき、1リットルにつき1本入れています。
962 の処方ではテトラサイクリンを添加していますが、これは培地をオートクレーブした後にろ過除菌して加えることになります。先に添加してから熱をかける(または高温のうちに添加する)と、テトラサイクリンはCaとキレートか何かを形成するらしく、灰色に濁ってしまいます。こうなるとどうも菌の生長がよくないようです。培地を作って長期間おいておいてもこうなってしまいます。
テトラサイクリンの添加方法としては、分注時にまず最終濃度の10培、2500ppm (0.25%)の水溶液をろ過除菌しながらシャーレに1mlずつ入れておき、そこに水を1割減らして作った 962 の残りの処方を9mlずつ分注して固化させるというやり方が比較的うまくいくようです。もちろん10ml以外の量で作るなら適宜加減します。
時には手抜きをして、通常濃度で作った 961 または 962 にあとから添加することもあります。0.25%の溶液を1/10量(培地が10mlなら1ml)ろ過除菌しながら滴下し、培地全体に広げたあとシールせずに数日間おいて、表面に液体が残らないところまで蒸発・吸収させます。十分にクリーンな培養室でもあればいいのですが、注意しないと吸収させている間にダニ害にあうこともあります。だからといってクリーンベンチに置きっぱなしというのは、ちょっとお行儀が悪いですね。
培地は使う分だけ作るのが本来ですが、大抵一度に100枚くらい作りますからしばらく保存する場合もあります。世間一般に平板培地を保存するときは、10-20枚位ずつ重ねてサランラップで巻いて冷蔵庫に入れるのが一般的みたいです。それを聞いて試そうとしてラップを巻き損ね、作ったばかりの培地が10枚ばかりクリーンベンチから転がり出してしまって悲しかった時からしばらく私はやっていませんでした。代わりにポリ袋にきっちり詰めて保存するか、どんどん使うときはパッキン付きの『密閉型』プラスチックコンテナに保存していました。袋詰めにするときは袋の口を横にして底の閉じてあるところに沿って積み上げ、袋の余りは巻き付けています。
いずれにしろ保存はダニのいないところに。ダニさえいなければこれらの培地はしばらくなら常温においても構いません。コンテナの場合クリーンベンチの脇に常備することもできますが、内部は「準無菌」にするつもりでいないと危険です。埃が入らないよう注意し、複数世代シャーレの同居はなるべく避け、使い切るたびにコンテナを消毒し直す方がいいと思います。使用頻度が低いなら素直にラップで巻くかパラフィルムなどでシールして冷蔵すべきでしょう。
除湿器を使って部屋の湿度を40%以下に保ちます。これだけで結構効きます。ケルセンなどの殺ダニ剤は一時しのぎにもなるかどうか。除湿器は市販の家庭用を複数台使えば信頼性の面でも問題ないはずです。設計上こういう用途を想定していないので取説にも「そういう使い方はするな」と書いてありますが、危険な使い方にならないようにさえ気をつければ。もちろんドレイン水は適切に処理する必要があります。
芸も何もありません。単純に寒天抜きにすれば液体培地になります。当たり前ですね。寒天を使わない固体培地の方は、私は通常 Marx の方法 (Marx 1984, Forest Science: Monograph 25) を元にしています。これは、体積比で5%のピートモスを含むバーミキュライトに、全体の 40%の容量の液体培地を含ませるというものです。Marx は 50%で作っていました。この培地で培養した菌体は、"Bulk inoculum" として用いました。コツブタケを植えて長いこと(半年以上)放っておくと、よく菌核が大量に形成されていたものです。
上記の Marx による "Bulk inoculum" は、コツブタケの接種用に利用できます。Laccaria sp. でも使えました。ただし、時々(度々?)失敗することもあったので、完全にそれに頼るのは危険かも知れません。
作り方としては上記の通りで、これに菌体を植え付けて室温で 15-20 週間培養するそうです。それを同量程度の水ですすいで絞り、網かごに広げて数時間おきにかき混ぜながら含水率(だと思います、原文には relative humidity とありました) 35-45% になるよう室温で乾かします。原法ではこれを1平方メートルあたりおよそ1リットル(350g程度)撒き、表面から 10cmの土壌と混ぜ合わせたということです。詳しいことは上記の文献を参照してください。
きのこ栽培用に農薬登録もされているベノミルやチアベンダゾールを利用することで、バルク・イノキュラム製造などやや長期にわたる培養を行うときにコンタミの影響をいくらか軽減することができます。また、施用後に菌寄生菌などが現れて接種の妨げになるのをある程度抑えることができるはずです。寒天培地での試験では、TBZ製剤であるパンマッシュ(農薬登録は2004/11/25に失効しました:登録番号14375)を0.1%という高濃度で添加してもチチアワタケの生長には影響ありませんでしたし、ショウロにはベノミル製剤のベンレート(登録番号14051は2005/4/19に登録失効、21075は本稿執筆時点で有効)を0.01%添加できました。しかし菌根菌によっては阻害されてしまうものもあり、抗菌剤の利用にあたっては予備試験が必要です。また、耐性菌が出現することもありますので、あまりこればかりに頼るわけにはいきません。これについては九州森林研究56号(2003)に発表しました。