菌根性きのこからの菌株分離法について、私の行っているやり方をご紹介します。
きのこ一般の実験法については、すでにいくつか教科書もありますので、そちらをご参照下さい。私が参考にした日本語の教科書で、今でも手に入りそうなものをいくつか挙げておきます。
# いや、もう無理か。
私のやり方は、二つの戦略の組み合わせから導かれたものです。それぞれ『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』『接種片は小さいほどコンタミを拾う確率が下がる』というものです。この種の仕事において、これは不動の真理のようです。
このように比較的丈夫なきのこ (これは Laccaria amethystea ウラムラサキです) の場合、替え刃メスで直接ヒダを切り出してしまいます。接種片のサイズは約1-2mm四方です。菌によってはもう少し大きくした方がいいかも知れません。
もっと壊れやすいきのこの場合、ヒダを切り取って適当な台の上に置き、その上で刻みます。台としてはシャーレに入れてオートクレーブした(乾熱滅菌ではない)濾紙を使ったこともありましたが、手抜きをして濾紙抜きのシャーレ、さらにアルコールで拭いただけのクリーンベンチ直置きにしても結果は変わりませんでした。ただし乾燥には注意が必要です。
菌の種類によっては、ヒダからは分離しにくいものがあります。特にイグチの仲間は管孔部よりはカサの肉の方が成績がいいようです。初めて扱う菌の場合、ヒダ、ヒダとカサの境目、カサの肉と少なくとも3種類の接種片を用いた方がいいでしょう。柄については、培地が余っていて暇だったら、やってもいいと思います。
また、当然のことながら腹菌類の場合は中の肉を使うことになります。表面に切れ込みを入れてから手で裂いて、刃が触れていない部分から良さそうなところを選んで適当に切り出します。
使用する器具として私が愛用しているのは、フェザーの替え刃メスのNo.11です。写真に写っているのはこれです。この他ヒダを切り取るのにはNo.12, 台の上で刻むにはNo.10を使っています。もちろんフタバでも構いません。ただしハンドルとブレードのブランドを揃えないときっちりはまりません。学生時代はフタバ派でしたが、職場にはフェザーの替え刃のストックがあったもので…。
と書いて転向していたのですが、転勤に伴い自分でブレードを買うことになって久しぶりにフタバのブレードNo.11を使ってみました。いいですねこれ。それまで使っていたフェザーのストック(今のは知りません)は単純な直線刃でしたが、今のフタバのNo.11は先端だけに微妙な曲線がついていて、といってNo.12ほど極端ではなく、大変使いやすくなっています。というわけでまたもやフタバ派に復帰。
器具の殺菌については、刃をアルコールにちょっと浸してしずくを振り切り、アルコールで湿らせたティッシュペーパーで残りを吸い取らせてからバーナーで軽くあぶるというやり方で大体うまくいっています。あぶる前に余分なアルコールを吸い取らせておいて、バーナーの上では一瞬アルコールを蒸発させるだけにします。アルコールがたくさん残っていて燃え上がってしまうとあぶないので。刃を赤くなるほど焼いてしまうと冷ますのに時間がかかりますし、刃の寿命も縮めます。個人的には替え刃メスだというのに細目のダイアモンドヤスリでタッチアップして延々使うという、メーカーにとっての不良ユーザーです。三角塔、じゃなくて三角刀は今時あまり使われませんが、これも時々タッチアップすると作業能率が違います。こちらは主に植え継ぎ時に使用。
上記の通りフタバのNo.11は先端が微妙なカーブを描いているので、タッチアップしていくとだんだんカーブが失われてしまいます。
刻んだ接種片は、シャーレに浅く入れた平板培地に植えます。90mmのシャーレなら5-10ml程度にすると扱いやすいようです。特に5mlでごく浅い培地を作ると、倒立顕微鏡や長作動距離の対物レンズを使えば、生育しているところをシャーレの裏から直接検鏡できます。
また、シャーレに植える数はもちろん1点ではありません。通常は1枚に7点(中央と周囲に60度間隔で)程度植えています。状態は良いが生えにくそうな菌の場合、時にはさらに各辺の中点に植えて19点にすることもあります。この辺は好みです。図にするとこんな感じです。
左が7点、右が19点植えの配置図です。別に型紙に合わせて組織片を置いたりするようなことはしていません。気持ちとしてはこんな感じ、というところで。
もちろんこうすると毎日チェックが必要です。コンタミがないか毎日調べて、もしも目的でない菌や細菌が生えてきていたらごく初期なら即座に除去しますが取り切れないこともよくあります。。生長の速いカビが出ていた場合は取りきれないことが多いので、無事な接種片の方を新しい培地へ引っ越させた方が無難でしょう。
さらに、コンタミ菌の中には「時限爆弾」もいます。中には10日以上経ってから発芽する胞子があったりします。このようなものの被害を避けるためには、なるべく早くオリジナルの組織片を含まない培養株にすることです。