サイクロメーターで呻吟したこと

ここではこれまでサイクロメーターで土壌の乾燥領域の水分特性を測ろうとしてハマりまくったことを並べてみます。使いこなす域には全然達していませんが、今回のサイクロメーター仕事が一段落しそうなので、それまでに得たつもりになっていることを備忘録的にメモするとともに勉強した内容を反芻して復習。

# 「呻吟した」って過去形でいいのかホントに?

使った機械

Decagon Devices 社製 WP4-T 露点ミラー式サイクロメーター。立地環境研究領域土壌特性研究室からお借りしました。コンパクトな機械ですが、精密測定装置だけあって百数十万円するそうです。ほんのちょっと前の教科書には湿球式について載っていますが、露点ミラー式はセンサーに純水を付ける必要がないなどそれよりは扱いが楽そうです。

露点ミラー式の原理は、湿球式(家庭にもよくあった乾湿球式湿度計と同じ原理で精密なだけ)ほどではありませんが単純です。空気が湿っていると少し温度を下げただけで結露し、乾いているともっと低い温度まで結露しない、ということは体感的に分かると思いますが、この原理を利用します。サンプルと水蒸気圧が平衡に達したチェンバー内でミラーを冷却して、結露した瞬間の温度からチェンバー内の水蒸気圧を求めるのです。

きちんと理解するには高校化学を思い出す必要があります(高校かよ!)。「飽和水蒸気圧」(または飽和水蒸気量)がキーです。これは気体(蒸気)であることができる水の量の上限を示す値で、温度のみに依存し、温度が高い方が大きくなります。そのため、湿った空気を冷やしたとき凝結(霧が生じたり結露したり)が起こる、つまりその場にある水蒸気の量と水が蒸気として存在できる限界量とが等しくなる瞬間の温度を知ることによって、どれだけの水蒸気が存在していたかを知ることができます。ちなみに気圧は関係ありません。

もう少し具体的に書くとこんな感じです:まず密閉容器(チェンバー)内でサンプルと内部の空気の水ポテンシャルを平衡させます。試料が乾いていれば空気もあまり湿りませんし、逆に水の多い試料なら空気も湿っぽくなります。WP4-Tではファンで空気を攪拌して平衡を促進させています。次にチェンバー内に設置したミラーを冷却します。すると鏡面付近の空気が冷えて飽和水蒸気圧が低下し、ある温度で鏡面上における飽和水蒸気圧がチェンバー内の実際の水蒸気圧を下回り、ミラーが結露します。光学センサーで結露を捉え、その瞬間のミラーの温度を測定します。上記の通り飽和水蒸気圧は温度に依存するので、結露が起こった温度によってそのときの飽和水蒸気圧が決定でき、結露したということはこれがチェンバー内の実水蒸気圧と等しいためその値も分かります。従ってそれと平衡している土壌の全水ポテンシャルを求めることができます。

原理は単純ですが、植物が生きていられるような土壌水分では相対湿度99%以上で平衡するので、ものすごく精密な測定が必要になります。また、チェンバー内の水蒸気量が平衡に達するまでに必要な水はサンプルから供給されることになるので、サンプルは本来より少し水を失った状態になります。従って理屈の上では露点ミラー式は水ポテンシャルを少し低めに見積もる傾向にあるはずです。特に非常に乾燥したサンプルでは影響が強く表れるはずなので、測定者の腕前が問われるに違いありません。つか、まだ無理だろ>自分。

昔の機械では温度センサーの出力(熱電対の起電力)をガルバノメーターで読んで、そのあとは人間がいろいろ換算して水ポテンシャルを求めていたりしました。WP4-Tではそのあたりのことは内蔵プログラムがやってくれるため、直接水ポテンシャルの値を得ることができます。MPa単位となぜかpF値で出ます。精度の点からkPaで出しても仕方ないんでしょう。シリアルポートからも出力してくれますので、昔懐かしtelnetクライアントを持ち出してオートロギングできます。私はTeraTermProを使ってマクロを組んで半自動記録しました。

だいじなこと

ネットでいろいろ調べていくうちに、「この機械は温度制御機構内蔵だからこれまでのように室温に気を遣う必要がなく手軽に扱える」という話を目にしました。

わすれてください。

この機械を扱うときでも、測定条件(25℃なら25℃)に室温を合わせるべきです。湿度も上げられる限り上げるべきです。温度制御により室温のドリフトなどの影響は受けにくくなっているようですが、それ以上ではないと思います。サイクロメーターですから当たり前なこの結論に達するまでに、というかそれがサイクロメーターでは当たり前であることを理解する前に、ずいぶんとばかな苦労をしてしまいました。

こんなことは湿球式サイクロメーターを使っていたような人たちにはいうまでもないこと、当たり前すぎることなのでしょう。また、恐らくそのような機械よりはだいぶお手軽なのだろうと思います。しかし門外漢が思うほどお手軽ではありませんでした。世の中そんなに甘くねぇ。

あと、表示に日本語モードはありますが、英語モードの方が使いやすいです。あのドット数の表示器で日本語を扱うのはちょっと無理です。半角カタカナの世界です。

ゴミデータ

今にして思えばサイクロメーターなめまくりのド素人だった私が途方に暮れることになった、とんでもないゴミデータのいくつかをお目にかけます。今は最低限必要なデータはそこそこの自信を持って取れるようになったつもりですが、最初はひどいもんでした。同じところで迷わないで下さいね。

1点目は捨てること

1点目がおかしいデータ このグラフは室内で適当に乾かした土を測定してみたものです。コールドスタート直後に測定したサンプルの値がどうも低いようなので、「本当のところどうよ」とやってみました。色の違いが各バッチ単位を表しています(実際は同じガラス壺から取った土です)。最初は何も入れずウォーミングアップだけして測定を始め(黒)、次に空のサンプル皿を測ってから測定し(青)、その後は切り替えるたびによく焼いて冷ましたシリカゲルを入れて「測定不能」を出させてから測定をしました(赤、緑)。通常はわざわざシリカゲルでチェンバーを乾燥させたりしないでしょうが、スタート直後の機械が乾いた状態を模擬的に作るためにやってみたものです。これでウォーミングアップ不足と切り分けることができるはずです。

見れば明らかですが、各バッチとも最初のサンプルの値が飛び離れて低く出ています。はっきりした理由は分かりませんが、機械が乾燥した状態からスタートする場合、最初の1サンプル目のデータは捨てた方がよさそうです。装置の構造から予想される理由は、チェンバー内と平衡するまでにサンプル内の水が消費されてしまったか、あるいはさらにチェンバーの壁面に吸着される分もあったかといったところです。そうだとすると水分量の少ないサンプルでは特に注意すべきだと思われます。本当のところ、どうなんでしょうね。

何でこんな相関が

あるはずのない相関 このグラフは含水比19%に調整した土壌で測定したものです。本当は20%にしたかったんですが水ポテンシャル測定後に実測したら19%しかありませんでした。ともあれ測定値がどうにもばらつくので頭を抱えつつ生データに穴を開けるつもりでにらんでいたら、サンプルの量と関連がありそうに見えてきました。本来そんなの関係ねぇはずなのですが、試しにサンプルの量を変えて測定してみたらこの有様です。思わず回帰直線引いちゃいました。

見た目がそれっぽいだけじゃなくて本当に有意な回帰直線になっているのかどうか、検定してみました。結果Fcalは23.98、うひゃあp<0.005で有意だ。なぁんてこったぁ。サンプル量と出力データなんて相関するはずがないぞぉ、つか本来サンプル量にかかわらず一定であるのが理想だろぉ。多少影響があるのはしょうがないにしても、マニュアルには「半分以下にしとけ」ってあるってことは変動するにしても半分以下でサチュっててもらわんと困る、ってゆーか思いっきりてんこ盛りまで直線的に伸びるって何やねんほんまー、ナメとんかわれー。あああごめんなさいナメてたのはこっちです。

マジ壊れたか、壊したか、どーしよったらどーしよー、と青くなりつつクリーンベンチへ持ち込んで分解清掃を行い、いくつかの塩溶液を用いたキャリブレーションを一通りやってみましたが、別段おかしなところはありません。ああよかった。とはいえこれはあんまりです。凹んでなんか、いられません。思いつく限りの条件で測り倒すのみです。
# ここんとこでミカとジョニーのビタミン剤のCM思い出してくれた人いるかなぁ。

環境改善の効果

暖かく湿った部屋で測定 これも上とほぼ同じ含水比の土壌を、同様にサンプル量を変えて測定したものです。試料皿への詰め方だの表面形状だのといろいろやった末、室内環境を改善することにして、暖房を全開にして室温を25℃にできる限り近づけ、精一杯お湯を沸かしてガラスが結露するほど湿度を上げた状態で測定を行いました(2月にやったから大変でした)。やっぱりなんか微妙に相関があるような気もしますが、だいぶマシっぽく見えませんか?

もちろん「あるような気がする」じゃ話にならないのでやっぱり回帰直線の検定を行うと、Fcalが1.96くらいで全然有意ではありませんでした(データが9点だからp=0.05で5.59、p=0.01で12.25必要)。めでたしめでたし。平均は-286kPa、標準誤差も9.6kPaに収まりました。ちなみに上の謎相関が出た方は-281±27kPa。これだけ見るとそんなに違いませんね。でもマニュアル通りの測り方をしていたらグラフの左半分相当でしか測らないことになります(右半分はマニュアルによるとサンプル入れすぎ)。やっぱりそんなんじゃダメです。

というわけで、やっぱり室内の環境は測定結果にモロに影響するみたいです。一応装置の中ではサーモパイルでサンプルの表面温度を測定しつつペルチェ素子で温度制御してるはずですし、装置の動作を見ていてもサンプルの温度が低めの時はしばらく測定しつつ温度平衡を待ってたりするんですが、室内の温湿度はどんな具合に効いてるんでしょうかねぇ。

あ、あと装置天板の4つの「○」ですが、"Sample Equilibration Area" とか書いてありますけど、ただの絵です。開けてみると分かります。ここにもペルチェが入っていて温度制御しているのかと思っていましたけど、中には何もありませんでした。一応温度制御されたチェンバーの上ですが、間に断熱材があります。それでも一応ある程度は温度が保たれるようではあります。穿った見方をするなら、その程度のところに置いておくだけで温度が測定条件に平衡するような環境で使うべし、って意味じゃあさすがにないよなぁ。


よさげなやりかたと所要時間

サンプル温度はできる限り測定温度に合わせます。室温もできるだけ測定条件に合わせ、湿度は可能な限り上げて測ります。できたら1試料につき10点(皿10枚)くらい測った方がいいみたいですね。もちろん最初の1点は捨てます。連続測定モードで1点につき5回データ出させるとして、各回最初の1データ目はやっぱり低めに出るようなので捨てることにして残りの4データの平均をその試料1点で得られた数値とするのを基本としています。上に挙げたグラフでも、4データか場合によってはより多くのデータの平均が点の1個になっています。ていうか、皿の1枚が点の1個。

皿1枚5回測定なら所要時間はだいたい20-30分くらいですかね。ということは10点で長めに見て300分、5時間。そんなにスムーズにいくかな。1日に1試料か、せいぜい2試料でしょうか。反復をどれくらい減らせるかはばらつき加減で決めればいいでしょう。それでも4試料はキツいんじゃないでしょうか。各回の測定が20分くらいで終わるなら何とか。あんまり反復を減らしすぎて「アテんならねぇ部品がざっと50ほどある」みたいな状態ってのもヤですしねぇ。


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