# このページは生物としてのポルチーニを扱っている関係で人によってはグロ画像と呼ぶかもしれないものが掲載されています。食材としてのポルチーニにしか興味のない人にはあまりお勧めしません。
イタリア食材として有名なポルチーニは、輸入食料品店やちょっと大きなスーパーなどで乾燥品が20g程度のパッケージで600円前後で手に入ります。このきのこは日本にもありますが、あまり知られていません。
山中勝治さんの「キノコ・ワールド最前線」(ISBN4-487-79943-0 \1,600 2003.11発行)によると、ヨーロッパの産地ではポルチーニとは単独の種を指す言葉ではなく、ヤマドリタケ Boletus edulis とその類似の近縁種の総称なのだそうです。Varma らの "Mycorrhiza Manual" の I. Hall が書いた章でもそのように扱われており、日本によく見られる B. reticulatus ヤマドリタケモドキもポルチーニのうちに含められています。なお、B. reticulatus は B. aestivalis のシノニムだという意見もあります。私が扱い始めているのはヤマドリタケモドキと、ヤマドリタケによく似ていますが微妙に違う不明種です。一応メインはモドキの方。
また、日本には針葉樹を共生相手とするポルチーニ類もありますが、まだ十分に調べられていません。ヤマドリタケは針葉樹(トウヒ)を共生相手にしていますし、上記不明種も同様ですがたぶんモミとも共生しているでしょう。ヤマドリタケこそが本当のポルチーニだという人もいますが、イタリアの食通の意見はどうなんでしょうね。私は上記の根拠に基づき広めの定義を採用しています。ニュージーランドにいるフランス人の研究者(Dr. Guerin-Laguette)も「B. reticulatusもポルチーニのうちだ」と言っていました。ほっ。
ヤマドリタケ(狭義のポルチーニ)のイメージをosoさんという方が擬人化したものがこれです。西洋料理はもちろん、和風炊き込みご飯に使ってもいい味です。シンプルに昆布だしと料理酒と戻したポルチーニを汁ごと入れて、醤油少々で味付けして炊いてみました。昆布のグルタミン酸とポルチーニの(恐らく)グアニル酸が相乗効果を発揮してくれます。西洋風にアンチョビー(イノシン酸)とトマト(グルタミン酸)との組み合わせもすばらしいです。
ヤマドリタケモドキは、ドングリの木の下または周辺の、踏み荒らされることの少ない場所によく発生します。直射日光が当たるような場所は好まず、公園など開けた場所であれば、ブッシュの下などによく出ます。掃除の行き届いた神社の境内に出たりもします。写真は森林総研九州支所の構内に発生したものですが、共生相手と思われるツブラジイは芝生に植わっており、きのこは近くのツツジの植え込みの中に生えていました。その他シラカシなどのカシ類やマテバシイとも共生します。クヌギにもつきます。落葉性のナラ類については調べていませんがたぶんつくだろうと予想しています。
森林総合研究所九州支所樹木園(熊本市)での発生
目盛りは1m、緑が7月、青が9月の発生位置、赤丸はブナ科樹木
2005年7月から9月にかけておよそ15×20mの範囲に229個発生、推定総重量32.8kg
\500/20gで換算(含水率93%で計算)すると\57,400(2.3kg)に相当、ただし適期収穫ではこれよりかなり小さい
(2006年の日本きのこ学会第10回大会での発表より)
熊本での調査では、ヤマドリタケモドキは図に示すように7月と9月に発生しました。樹木園ですから地表はきれいに整備され、落ち葉も片付けられてしまうために腐植はあまりたまっていません。地表はほぼ一面苔に覆われ、直射日光はほとんど当たりません。かなりの量がまとまって発生しました。なお、例年茨城県では8月に発生するそうですが、猛暑の2007年は7月と9月に出ました。8月前半やたら乾燥した2008年もです。熊本と一緒ですね。
経験上、収穫適期はだいたい上の写真程度の状態、中央の大きなものは開きすぎかも知れません。十分な湿り気があればもっと大きくなることもありますが、暑い時期のきのこだけあってあっという間に虫食いぼろぼろになってしまいます。開ききる頃には肉自体もすかすかになってしまいますので、欲張らず早めに収穫するのが高品質なきのこを得る秘訣です。胞子が成熟したものにはまた独特の風味があるそうですが、見極めがきわどいです、かなり。つぼみが開きかけで晴天に見舞われたりすると成長が止まってしまいますが、置いておいても育つのは中の虫だけですので、諦めてそのまま収穫することです。なお、虫食い対策については、マツタケについては「つぼみを発見し次第粘着剤つきの網かごをかぶせる」という方法が岩手県で開発されました。いずれにせよ多少の虫食いは避けられないものと思って下さい。
このきのこは大きいだけあってたくさんの虫がつきます。つぼみの頃から柄の中にキノコバエが入りますし、完全に開くと管孔からキノコショウジョウバエやイエバエの仲間が入ります。ちなみにキノコバエの幼虫にはピンの頭のようなはっきりした頭があり、ショウジョウバエやハエにはそれとはっきり分かるようなものはありません。このことは私もついこの間昆虫の人に教わりました。キノコバエは幼菌の管孔を塞ぐ白い菌糸が残っているうちから入りますし、それどころかつぼみのうちに食い荒らしていることも珍しくありません。たまに何かの拍子で虫食いでないものに遭遇することもありますが、狙って採ることはほとんど不可能です。市販の「イタリア産乾燥ポルチーニ」もよく見るとけっこう虫食いだらけだったりします。天然きのこなんてそんなものです。気にしてはいけません。おねがいだから「異物混入」だとかいわないで。
キノコバエの幼虫は、早いものではきのこの傘が開くか開かないかのうちから十分に成長してきのこを脱出し、繭を作って蛹になります。ある時夕方採集したつぼみのてっぺんに0.5mmほどの虫の卵らしいものが点々と付いているのを観察したことがありますが、状況から見てこれはキノコバエの卵ではないかと思われます。そのまま室内において翌朝見ると数が大きく減っていたので、夜のうちに孵化してきのこに入ったのでしょう。入った頭数が多いと柄の中は食い荒らされてスポンジ状になっていることもあります。一方キノコショウジョウバエやハエはきのこが崩壊してどろどろぐちゃぐちゃになったものの中で育ちます。育ちきった成菌の管孔の中にはハエの卵らしいものがたくさん生み付けられていました。ハエの分解力はすさまじく、あるとき成熟した立派なきのこが採れたので落下胞子を集めてやろうと大型シャーレに入れて実験台において翌朝見ると蠢く黒褐色のスライムと成り果てていた、ってヒトヨタケじゃないんだから、あヒトヨタケは蠢かないか、そんなこともありました。写真は少し水を加えた後の様子です。ハエが胞子を運ぶとか何かきのこにとって役に立つことをやっているのかどうかは、まだ明らかになっていません。
このきのこも胞子懸濁液による接種ができます。まだ条件の最適化はできていませんが、成熟した傘の管孔をとって粗く刻んでナイロンメッシュで絞って得た胞子懸濁液をクヌギの根に「ぶっかけ」たら菌根ができました。ミキサーにかけると超高粘度で気泡を含んだわけの分からない物体と化してしまうためおすすめしません。ドングリの類は苗を作るのがマツに比べると大変です。トウヒ類も芽は出してくれますがマツほど簡単に育てることはできません。なお、ポルチーニ類の菌株の分離は何とかできますが、継代するとすぐに死ぬし、あまり扱いやすい菌ではありません。それでも菌の種類(株?)によってはそれなりに生えるそうです。ヤマドリタケモドキの胞子成熟前の幼菌から分離を試みると、管孔部分からはよく生えてきました。
この菌はあまり若い林で出たのを見たことがありません。大きなきのこをどかどか出すだけに、共生相手の樹木も大きくないとダメなのか、菌根のバイオマスがたくさん必要なのか、といったことが考えられます。接種苗を植えて十数年後に収穫となると、ちょっと気の長い話ですね。接種苗自体を成木に対する接種源として既存の林分にポルチーニを定着させることができれば、と考えているところです。ただしこの場合は接種苗の生産自体もさることながら、移植・定着の部分が問題になります。植木屋さんで扱っているカシ類の苗木は、根を重視する立場からすると上ばかり大きくてとんでもない形なんですよね。ああいうのを扱い慣れたやり方ではうまくいかないかも知れません。というよりうまくいったらびっくり。もちろん正しい取り扱い方はまだ分からないので、案外それでいいのかも知れませんが。
このきのこについて、カシ類の実生への胞子懸濁液法による接種の効果を森林総研九州支所の香山雅純さんが調べられました。それによると、滅菌した土壌に植えた場合、裸地のやせ土より山の中では肥えた土での方が菌根化する個体が多く、接種による生長促進効果もはっきり出たそうです。接種個体では気孔コンダクタンス、光合成速度も高くなっていました。相利共生微生物としてしっかり機能しているようです。