かつて「腐生植物」"saprophytic plant"と呼ばれていたタイプの植物のことです。古い本にはまだその言葉が残っていますが、これらの植物への理解が進むにつれてその言葉は不適切であることが明らかになり、今では「菌従属栄養植物」"mycoheterotrophic plant"と呼ばれるようになりました。
なお、これはあくまで生物学の話であり、園芸趣味などの伝統的な用語に口を挟むものではありません。例えばイベントの名前を変えるべきだとかは言いません。趣味嗜好の世界では、感性こそが問題であり、科学的に正しい必要はありません。大括りに生態としてみればそう間違っているわけでもありませんし。
なお、まれに新しめの本でも専門外の方やサイエンスライターではない人が書いたものには(面白ネタとして書かれたWeb記事などでは珍奇性を狙ってわざと?)この言葉が使われてことがあります。あるいは例によってWikipediaのせいかも知れません。海外の文献ではもはや「腐生植物」を意味する"saprophyte" "saprophytic plant"という言葉を目にすることもありません。
かつての指導教官だった京都大学の中村信一先生は、完全な菌従属栄養植物のツチアケビの完全人工培養を目指して、地道な研究を積み重ねていらっしゃいました。ツチアケビはナラタケ類と共生しており、ナラタケは倒木、時に生立木を分解してエネルギーその他を獲得しています。つまり、ツチアケビ・ナラタケ共生体は、倒木などを基物(これは相良直彦先生が使われた用語)として腐生生活を送っています。しかしながら、共生体のうち植物だけに着目すると話は違ってきます。ツチアケビ単体には倒木を分解する能力がなく、直接にはナラタケに共生(寄生)して養分得ている、菌従属栄養植物なのです。そして、これは中村先生に直接伺ったのですが、ツチアケビの完全人工培養で目指しておられたのは、ツチアケビ・ナラタケ共生系のうちナラタケの果たす役割を解明して、人間がそれを置き換えるということだったそうです。
菌従属栄養植物は、菌類から栄養を得て生活している植物です。従属栄養とは、他の生物や生物遺体を利用する栄養(エネルギー)獲得方法のことで、人間やきのこはこちらです。それに対し、独立栄養とは核融合や超新星爆発(*)などのエネルギーを固定して利用する栄養獲得方法のことで、光合成が代表的です。普通のいわゆる植物らしい植物は光合成をするので独立栄養ですが、植物でありながら独立栄養(光合成)を放棄して菌類に養われるようになったものがいます。これが菌従属栄養植物です。
菌従属栄養植物は、菌根を形成し、根に共生する菌類から栄養を吸収します。普通の植物は光合成産物=エネルギーと引き替えに菌根菌から養分・水分の供給や病原菌からの保護というサービスを受けていますが、菌従属栄養植物ではエネルギーの流れる向きが反対です。ギブ&テイクではなくてテイク&テイクです。もしかしたら何かをギブしているかも知れませんが。
菌類はもちろん上記の通り光合成をしない従属栄養生物なので、倒木や腐植などの植物遺体を分解したり、光合成をする植物と菌根で共生したりしてエネルギーを得ています。菌従属栄養植物は、菌類からエネルギーをもらって生きています。
なお、従来は腐生植物と呼ばれていた植物には、菌根菌とセットになった共生系として腐生者として振る舞うツチアケビのようなものもありますが、菌根菌が他の植物と共生している場合(後述のマヤランなど)もあります。そのため、かつての腐生植物と菌従属栄養植物とはイコールではありません。かつての腐生植物は、菌従属栄養植物のうち腐生性の菌と共生しているものです。樹木共生菌と共生する菌従属栄養植物はどんな意味でも腐生植物とは言えませんが、便宜的に一緒にするのは構わないと思います。科学の世界でも例えば日本菌学会は現代分類学ではオピストコンタ上界"Superkingdom Opisthokonta"の"菌界"Kingdom Fingi"に含まれる生物だけではなく、バイコンタ上界"Superkingdom Bikonta"のストラメノパイル界"Kingdom Straminipila"の偽菌門"Phylum Pseudofungi"に属するいわゆる偽菌類も取り扱っています。
菌根については、別にまとめましたのでそちらをご覧下さい。というか、このページはそこからの派生物です。
菌根以外の方法で菌からエネルギーをもらっている植物?私は知りませんが、見つけたら是非教えて下さい(文献を教えられたりして(^^;)。
もちろん、菌を介在させずに他の植物から直接栄養を奪っている「寄生植物」というのもあります。ススキに付くナンバンギセルとか、海岸の荒れ地に網を広げたような姿で見かけることがあるハマネナシカズラとか、アフリカで食料生産に打撃を与え深刻な脅威となっている根寄生雑草ストライガとか。ちなみに共生に関係するシグナル物質のストリゴラクトンの名前はこのストライガから来ています。
* 別に冗談ではなくて、日光は太陽の中心近くで起きている核融合反応で光球が熱せられて放射する光ですし、化学合成生物の重要なエネルギー源の一つである火山は地球の材料になった古い世代の星が超新星爆発を起こした際に合成されたウランやトリウムのような放射性重元素が崩壊するときに発生する熱を主要なエネルギー源としています。熱水噴出孔周辺の生物群集は太陽ではなくその前の世代の恒星の超新星爆発エネルギーの残り火で生活しているって、ロマンですよねぇ。先日打ち上げられたX線天文衛星「ひとみ」によりその分野の解明がさらに進むことが期待されます。←なんて書いてたら、あろうことか「ひとみ」はお星様になってしまいました。実に、残念極まります。…と暗く締めるのもいやなので、ここからちょっと冗談。映画「オデッセイ」の原作「火星の人」では主人公マーク・ワトニーがサバイバル中に一度だけ風呂に入りましたが、熱源はプルトニウム238の崩壊熱を利用した原子力電池でした。ということは、ある意味彼は「火星温泉」に浸かったと言うことができるでしょう。映画ではカットされたシーンです。
ふつう菌従属栄養植物 mycoheterotrophic plant といった場合は、まったく光合成を行わず、すべてのエネルギー供給を菌に依存するものをさします。特に区別する場合に「完全」あるいは「全」をつけることもあります。マヤランなどでは痕跡的に一部緑色をとどめることがありますが、ふつう完全菌従属栄養とされています。
一方で、自分でもいくらか光合成を行う植物もあり、これは混合栄養植物または部分的菌従属栄養植物 Mixotrophic plant と呼ばれます。一見すると普通の緑色植物に見えますが、菌根菌からのエネルギー収入なしには生活を維持できません。よく知られている例が後述するキンランやギンランで、立派な葉がありますが菌からもエネルギーをもらっています。イチヤクソウもそうです。
個人的な意見を言わせてもらうなら、mixotropyというのは何と何が混ざっているのか不明で、あんまりよくない用語だと思います。提唱した人も通した査読者もセンス悪い(というお前が一番イケてねえ、のかも知れませんが)。それはさておき、話を分かりやすくするため、ここでは「(完全)菌従属栄養」と「部分的菌従属栄養」という言葉を使います。
菌の分類で分けているのではなく、菌従属栄養植物と栄養的宿主である菌とが形成する菌根のタイプで分けています。同じ菌が複数のタイプの菌根を同時に形成することもあります。菌根のタイプ別名称などについては上でリンクした別ページを参照して下さい。
ラン科のオニノヤガラやツチアケビは完全な菌従属栄養植物として有名ですが、これらを養っているのはナラタケの一種です。一般にナラタケとして認識されるグループのきのこには樹木を枯らす病原菌もあり、倒木を分解して大量に発生する腐生菌きのことして知られています。ナラタケは「ぼりぼり」などの地方名でも有名です。このグループの一部の菌がツチアケビなどの根に入り込むと、おとなしく菌根を形成するばかりか逆にエネルギーを吸い取られてしまうのです。ラン科には類似の例が多数知られており、イモネヤガラとイタチタケ属菌などの例があります。
ランを養う菌は植物に頼らなくても自力で生活できます、というのが20世紀の理解だったのですが、最近ではそうとばかりも言えないことが分かってきました。たとえば、右の写真で下の方に小さく移っている黄色い花を咲かせる植物はキンラン Cephalanthera falcata (Thunb.) Blume ですが、本種を含むキンラン属は部分的菌従属栄養植物として知られています。ラン科のかなりの部分(もしかして全部?)が部分的菌従属栄養植物だと今では考えられています。
キンラン属の植物がラン型菌根を形成して共生する相手の菌は、外菌根菌として知られるグループです。外菌根菌はふつう共生相手の植物から光合成産物の供給を受けています。つまり、キンラン属のランは、樹木が光合成で得たエネルギーを、共有する菌根菌ネットワークを経由して分けてもらう(あるいは搾取する)という関係にあります。この写真ではおそらく後ろにあるシラカシと共生する外菌根菌にキンランがとりついているのでしょう。地中にある同一の菌根菌の菌糸ネットワークが、シラカシの根とは外菌根を、キンランの根とはラン型菌根を形成して、両者を連結していると考えられています。キンランは緑の葉をつけますが、同様に緑葉を持つ同属の C. longifolia (L.) Fritsch. ではエネルギーの1/3を菌根菌経由で樹木から受け取っていたという報告があります。キンランも似たようなものだとすれば、キンランだけ掘り採って鉢植えにてしもうまくいかないのも当然です。また、キンラン属にはアルビノ(葉緑素を持たない変異体)が出やすいそうです。
シュンラン属にも左の写真にあるマヤラン Cymbidium macrorhizon Lindl. のように生活史の全てで菌従属栄養生活を送るものもあります。本種はシュンラン属の他の種とは異なり地上に葉を展開することはなく、葉緑素は花後の子房や茎にいくらかある程度です。本種も外菌根菌を取り込んでいると考えられています。この写真は森林総研構内で撮影したものです。花が咲いていない時期は地上にはまったく姿を現さないので見つかりにくい植物です。これはきのこを探していて偶然見つけました。
シュンラン属は属名Cymbidium、ラテン語読みしてキュンビディウム、英語読みしてシンビーディアムですかね、でも「シンビジウム」なら花屋さんでふつうに見かける名前です。属の和名の「シュンラン」もごくふつうです。いずれも鉢植えにできますし、洋蘭のシンビジウムの方など生長点培養での増殖が行われています。菌に対する依存度が同じ属内で極端に異なる例ですね。ただし、興味深いことにマヤランでも糖分などを十分に供給すれば無菌的な種子発芽と生育が可能で、容器内での無菌栽培による開花結実まで報告されています(著者のページへ)。
なお、無葉緑ランは世間でよく「腐生ラン」と呼ばれますが、これらは腐生菌と共生することはあってもラン自体が腐生能力を持っているわけではありませんし、上記キンランの例のようにランの共生菌がすべて腐生菌であるわけでもありません。そのため、「腐生ラン」という言葉は共生する菌根菌を含めた生態を表すものであり、ランそのものの生理を表すものとしては不正確と言わざるを得ません。無葉緑ランは後述するギンリョウソウの仲間と同様の「(完全)菌従属栄養植物」です。
中には絶対共生菌であり腐生能力をまったく持たない(つまり他の光合成を行う植物に養分の供給を全面的に依存している)アーバスキュラー菌根菌から養分の供給を受ける菌従属栄養植物もあります。ヒナノシャクジョウ科は単子葉植物であり、菌根のタイプはアーバスキュラー菌根であることが知られています。写真は以前霧島の山中で見かけたキリシマシャクジョウらしき植物です。この写真を撮ったのはこの植物の菌根について報告されるの論文を読む直前くらいで、採集はしませんでした。そのため根の断面などを見ることはできませんでしたが、ラン科植物に似た太くて吸収能力のあまりなさそうな形状をしています。ニュージーランド南島の原生林でもそれらしき植物を見たことがあります。
シャクジョウソウ科 Monotropaceae のシャクジョウソウ属 Monotropa やギンリョウソウ属 Monotropastrumに形成される菌根です。写真は森林総研の構内で撮影したもので、ドイツトウヒとウラジロモミの下に生えていました。
ギンリョウソウの仲間は、真っ白な外見から分かるように、まったく葉緑素を持たない完全菌従属栄養植物です。エネルギー獲得の仕方はキンラン属とよく似ており、周囲の外菌根性の樹木と菌根菌ネットワークを共有していると考えられています。栄養的には、全面的なシンクとして振る舞っているのでしょう。
まだもうちょっと書こうかな。イチヤクソウのこととか。
詳しく勉強したい方は、末次健二さん、辻田有紀さん、谷亀高広さん、大和政秀さんなど最前線で研究されている方々の報告をご覧ください。なお、ここに挙げていない方々は私が不勉強で存じ上げないだけですので念のために。