装置いらずの超お手軽撮影法


普段使いの顕微鏡に撮影装置が付いていないときは、ハンドセクションとか凍結ミクロトーム(ガス式はともかくペルチェ冷却式は小便利なのになぜかマイナーな機械なんですよね、あ、クライオトームとは違いますよ)でちょちょっと切った切片の像を記録するのにも、別の部屋で他の人が管理する上等な顕微鏡のところにスライドを持って行って観察し直し、みたいなことになって面倒です。野外調査に持ち出す小型顕微鏡は双眼鏡筒で撮影装置を取り付けられなかったり。そういうときでもこの「超お手軽コリメート法」でなら撮影することができます。


顕微鏡の接眼レンズにデジカメやスマホのレンズを押し当てて撮影するだけ。


ただし、これをやるには昔のニコンのE900シリーズのようにレンズ先端(本当は保護ガラス)が常時露出していて枠にフィルター取り付けねじが切ってあるようなカメラが望ましく、沈胴式などレンズ先端が動くタイプはメカに負担をかけるのであまり好ましくありません―やるならそっと。顕微鏡の接眼レンズにゴムなどのアイカップがあるときは折り返すか取り外すかして、カメラのレンズの枠が接眼レンズの縁にずれず曲がらずしっかり接するようにして撮影します。大昔風に鏡筒を上下して合焦するタイプの顕微鏡では、カメラを「押し」つけるとピントがずれるので、不可能ではありませんがあまり向きません。内蔵ストロボはたかないこと(^^)。無益どころか変なゴーストのもとです。

なお、最近の広角に強いカメラや高性能ズームレンズ搭載機などの、前玉(一番外側のレンズ)が巨大だったり出っ張っていたりするカメラは使えません。前玉が接眼レンズの縁に当たって傷が付いたら困りますから。それでもいいなんていう愛の足りないことを言う人は…呪いますよ。え、こわくない?まあそれはともかく、どうしてもそれしかなければ、せめてゴムのアイカップをクッションにするとか、でもあんまりそういう図は見たくないなぁ。

むしろ、それよりはスマホのカメラの方が適しています。光軸合わせがちょっと難しいですが、それだけ。

この方法は超お手軽ですが、手持ちだしいい加減ということは否定できません。もう少しだけコストをかけるつもりであれば、ビクセンなど数社から顕微鏡にデジカメを取り付ける簡易なアダプターが発売されています。これを導入すればかなり本格的に撮ることができます。ニコンが純正オプションとして出しているフィールドスコープ用アタッチメントも使えるかも知れません。接眼レンズをリレーレンズとして使います。ただし、デジカメの機種によってはどうしても使えないものもあります。

実体顕微鏡ならともかく、普通の顕微鏡でこの種の撮影をするなら、マニュアル通りカメラは風景(遠景)モード=ピント無限遠固定にした方が扱い易いでしょう。オートフォーカス有効だとカメラがいろいろ努力してくれて、かえって邪魔になることがあります。当然ピントは顕微鏡側で合わせます。具体的なことはその場その場で工夫しましょう。

この方法は日本菌学会の伝統になっているらしく、日本の菌学者が海外でこれをやってびっくりされることがあるそうです。光軸を正しく合わせるのがほとんど不可能な上に透過レンズ枚数が多いのでどうしても性能面では不利ですが、メモ程度のものとしては案外まともな写真が撮れます。うまくやれば論文に掲載されるレベルの写真も撮れないことはありません(結構ひどいのが掲載されていることもあるし、って意味で)。でも本当にちゃんとした写真が欲しいときはやっぱりそれなりの方法で撮るべきでしょう。

ヤマドリタケモドキ・クヌギ菌根のハルティヒネット凍結ミクロトームで切ったヤマドリタケモドキ・クヌギ菌根をここに挙げた「超お手軽コリメート法」で撮影したもの。サンプルを部屋に持ち込んでから写真になるまで30分くらいでしょうか。修正も何もしてません。ペルチェ冷却装置に電源を入れて、実体顕微鏡下でよさげな菌根をえらび、冷えたヘッドに少量の水でマウントしてカシカシカシとスライス、切片を刃の上の水滴ごと水を含ませた面相筆でスライドグラスに移して水かグリセリンでマウント、よさそうなのが見えたら撮影。面相筆に含ませるのはグリセリンでもラクトフェノール(それでマウントするなら)でも。画面の上の方が菌鞘、潰れたような表皮の下に斜めになった皮層細胞が見えます。菌鞘が表面を拘束した後も根の先端が伸びようとするため、皮層細胞は菌鞘に外側を先端に向けて引っ張られて斜めになるそうです。その放射方向の細胞壁の間に入り込んだ菌糸が迷路状になっています。これがハルティヒネット。メモ程度の役には立つ写真かなと。

なお、このペルチェ装置は秋葉原で買ってきたペルチェ素子と可変電圧スイッチング電源その他で自作しました。材料代だけなら1万円もしません。むろんそれなりのウデは必要です。一番大変なのが冷却ヘッドの排熱側ですかね。厚めの銅板に、アニーリング(DNA関係ないですよ、むしろこっちが原義で「焼き鈍し」のこと)して曲げて長さを稼ぎ微妙に潰して接触面積を稼いだ銅パイプをべったり半田付けして作りました。パイプの断面積確保がちょい難しい。で、これをミクロトームに付属のクランプ(どうやらパラフィンブロック用らしい)にくわえて固定。こんなんで充分実用になってます。排熱処理は水冷ですが「掛け流し」なので流し台のすぐ脇に設置。ミクロトーム本体買ったら冷却ヘッドまで買えなかった(^^;。てゆーかこうやって自作できると分かっていると買う気にもならないのがメーカーさんには申し訳ないんですが。でも自作品なら不調の時トラブルシュートも修復も早いし、何より自分好みの使い勝手にできるんで。ただこの「掛け流し水冷」は、メーカー製だろうと自作だろうと、流し台の隣にしか設置できないのが難点です。

そうそう、野外(といってもホントの戸外ではなくてせいぜい登山口の小屋とか温泉宿でしょうが)に持ち出すときには、戦前のカールツァイスタイプのような「単眼直筒外部光源クリティカル照明用コンデンサ付き」も案外侮れません。まあいわゆる「おもちゃ顕微鏡」でも胞子のだいたいの形やクランプの有無くらいなら分かるのでいいと言えばいいのですが、どうしても限界はあります。その点、「倉庫の奥から発掘した可動部が全部固着したカビダルマ」を解体レストアした半世紀前のマイナーメーカーの機体でも、当時はプロ用だっただけあって400倍程度なら結構シャープに見えます。主力顕微鏡を更新したとき取り残されたレンズでもあったら、どうせ今の機体(無限遠補正光学系)には規格が合わず取り付けられませんから、こういうのに取り付けてしまうというのもアリかも知れません。クリティカル照明でも、いまどきのLEDあたりを光源にすれば、そうひどい照明ムラにはなりませんし。