「目標をセンターに入れてスイッチ。」「馬鹿!爆煙で何も見えない!」おっと違った。意図してやるならいいけれど、基本それじゃダメです。いわゆる「日の丸写真」になってしまいます。
被写体を画面に収め、露出を合わせ、ピントを合わせ、構図を決めて、シャッターを切る。昔はこれが基本でした。フィルム選び、レンズ選びは言うまでもないとして。最近はズームして構図を決めたらシャッターを切れば、他のことはカメラにお任せで何とかなってしまいます。そのためそれ以外については写真趣味の人以外はよく分からないままになっていたりします。
ピントについては、基本的に正解は一つしかありません。正しく合っているか、いないかです。オートフォーカス(AF)なら、カメラのAFフレームが正しく被写体を捕捉していればだいたい大丈夫でしょう。マニュアルフォーカス(MF)ならもちろん頑張って手動で合わせます。
また、ピントは合えばいいというものではありません。いや、合うべきところには合わないと話にならないのですが、合わなくていいところにまで合うのは必ずしもいいことではありません。例えばポートレート(人物写真)で背景があまり細かく写り込むと邪魔なので、絞りを開いて被写界深度(別記事)を浅くして被写体以外をぼかして整理してしまうことは超絶ド基礎テクニックです。
このへん、デジタル撮影では何もかもとにかく記録して後処理にかけるという方法でも何とかなるみたいですが、あんまり趣味じゃないし、その辺はそういうのが好きな人にお任せします。
フィルムカメラでも末期の1990年代にはAFが当たり前になっていました。レンズ交換式でないコンパクトカメラでは、1980年代にすでにAFは普通でした。今時の自動認識多点測距のデジカメでも、あまり変なものを撮るとカメラが被写体を正しく認識できなくてAFフレームが変なところに点いたり、または全然合わなかったり。具体的には地上に咲いた一輪の花(あれ、ちっとも変なものじゃないぞ)を撮ろうとして背景の地面にピントが合ってしまうようなことが起きます。最近は減ったようですが。
こういうとき、もちろんMFが使えるなら何も悩むことはありませんが、機能としては実装されていても必ずしも使いやすいとは限りません。そういうときに使えるわりと安易な方法として、AFロックを使って撮影するという手があります。これをやるときは中央一点測距に設定するのが個人的お薦めですが、人によるでしょう。知る限り大抵のカメラでは、シャッターボタンを半押しするとAFが作動して、ピントが合ったところでロックがかかります(連写・動体撮影モードなどは別)。
実はこれは非常に古い伝統ある手順で、少なくともMFのフィルム一眼レフのファインダースクリーンにマイクロプリズムやスプリットプリズム(*1)が登場して以来のものです。少なくとも、1959年発売のニコンF(研究室から発掘されたのは多分1960年代半ばの製品)にはスプリットプリズム付き周辺マット式のファインダースクリーンが搭載されていました。それらのカメラでは、通常は画面中央のプリズム装置でピントを合わせてから構図を変えてシャッターを切ります。
ただし、あまり大胆にカメラの向きを変えると「タンジェントコサイン誤差」によるピンボケが出てきます。写真でピントが合うのはフィルム(センサ)と平行な面であることが原因?です。画面中央でピントを合わせた被写体からレンズをちょっと斜めにすると、後ピンになってしまいます。合焦点は合焦面の中央、合焦面は球面ではなく平面なので、向きが変わると斜め方向の合焦面はレンズの中央から少し遠くなります。だから最短合焦距離でピントを合わせた被写体は後ピン気味になります。被写体今時の多点AFではまっったく気にする必要はありませんが、合焦点が少ないとか中央のみとかの場合には役に立たないとも限りません。そんな場面はもうほぼないでしょうけれど。
*1: スプリットプリズムの実物は当時のカメラ以外ではあまり目にする機会がないと思うが、それをモチーフにした描写が映像作品に登場することがある。例えば、2007年の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」で、物語後半のヤシマ作戦でシンジくんの初号機が扱う陽電子砲(ポジトロンスナイパーライフル)の照準器がそれ。第6の使徒の反撃を受けたあと第二射をマニュアル補正で照準するときのスコープ内部の描写が、スプリットプリズムに少し似ていた。本物のスプリットプリズムではピントが合っていないときには上下分割像がそれぞれ反対方向にずれるので、映画の描写はスプリットプリズムと似てはいるもののちょっと違う。とはいえあれは照準であってピント合わせではないし、雰囲気が旧式&アナログ&マニュアルっぽいからあれでいいのだ。あともう一つ、2016年のTVアニメ「ばくおん!!」のオープニングには古いカメラのファインダー越しに見えるカットがあるが、スプリットプリズムのようでちょっとだけ違う。でもまあ雰囲気が旧式&アナログ&マニュアルっぽいからあれでいいのだ。
なお、一眼レフより前、20世紀前半に主流だったレンジファインダーカメラでは、ファインダー内の二重像を一致させてピントを合わせていました。二重像になる範囲は視野中央部に限られていたので、その後の一眼レフと使い勝手はそれほど変わりません。むしろレンジファインダーカメラではマット面というものが構造上在せず、周囲部でのピント合わせは出来ません。画面中央でピントを合わせてアングルを変えるという手順は、むしろレンジファインダーカメラ以来と言えるかも知れません。
MFのフィルム一眼レフの多くには、ファインダースクリーン中央にスプリットプリズム、周囲をマット、その中間にリング状のマイクロプリズムが配置されたタイプのものがよく使われていました。ニコンFと同時期のベストセラー機であるペンタックスのSPでは、たしかマットの中央にマイクロのみだったかと思います。スクリーンが固定なので、F値の暗い望遠レンズではスプリットプリズムが使い物にならない(上半分または下半分が暗くなってしまう)ことを嫌ったのかも知れません。
スプリットプリズムではピントが合っていないと像が中央を境に左右に分割されて見えるので、上下の像が一致するようにフォーカシングリングを操作してピントを合わせます。被写体に顕著な垂直線があると操作が容易です。これに対してマイクロプリズムは、ピントが合っていないと像がプリズム単位のモザイク状に見えるので、普通の像になるよう操作しました。スプリットの利点はピントの山が掴みやすいことの他に、ピントが前にずれているか後ろにずれているかが一目瞭然であることが挙げられます。分かると言っても頭で理解できるというより、フォーカスリングをどちらに回すか体が判断するという感じで。デジカメのAF方式でいえば、マットやマイクロプリズムがコントラスト検出、スプリットプリズムが位相差検出に相当すると言えるでしょう。
要するに、スクリーン中央の合焦装置で被写体にピントを合わせてから、まともな構図になるように直して、おもむろに撮影する、というのがMF機の通常の手順です。
なお、フィルム一眼レフでもファインダースクリーンが交換可能なカメラには、中央のプリズム装置のない全面マットタイプのスクリーンが使えるものがありました。これは中央を外れた被写体にピントを合わせるのに向いています。タンジェントコサイン誤差も出ません。慣れればマット面でも十分にピントの山は掴めるので、個人的には方眼入りマットスクリーンを愛用していました。
この他にもピントの合わせ方はあり、望遠鏡や顕微鏡などの精密合焦には専用ファインダースクリーンを使った十字線式というのもあります。これはパララックス(視差)を利用したもので、顕微鏡撮影装置の記事で触れていますのでご参考まで。日常に使うものではまったくありません。
カメラやレンズを動かすのが大変なような超望遠撮影なんかだと、スプリットプリズムを被写体に向けるためにレンズを動かすのが好ましくなかったりします。それに大抵の望遠レンズはF値が比較的暗いため、スプリットプリズムには不向きです。かつて私が使っていたのは300mm F4.5なので、大口径レンズ用のスプリットプリズムはまともに機能しません。上下両方の像が見える角度の範囲が非常に狭くなり、しかも精度が出ません。少なくとも出せませんでした。ちなみにF3用の交換スクリーンにはスプリットの角度が浅くてF値が大きくても見やすいタイプもありましたが、明るいレンズでは精度が落ちるとして使用は推奨されていませんでした。それはともかく、暗めのレンズであるためもあり、望遠撮影では上記の通り方眼入り全面マットスクリーンを常用していました。慣れればまあ何とかなるものです。
また、もう一つ全面マットが必要だった場面として、動体撮影があります。スプリットで被写体にピントを合わせてから構図を修正する暇が、動体撮影ではありません。ただし、フォーカス優占の日の丸写真(メインの被写体をフィルムの真ん中に入れた芸のない写真に対する悪口)をトリミングするという考え方もあるといえばあります。撮影する構図では必ずしも主要被写体は画面中央にはなく、その状態でピントを合わせるには、中央以外でもピント合わせが出来るマット式が有用でした。もちろん全面マットではなくてもプリズム装置を無視してマット部でピントを合わせればいいのですが、まあその辺は好み次第。
なお、動体の中でも鉄道はレールの上しか走らないので、ベストアングルになる位置に事前にピントを合わせておいて(置きピンと言います)、被写体がそこにさしかかった瞬間にシャッターを切る(シャッターラグはもちろん体が覚えている)なんて言う方法も一般的でした。
わりと極限的な状況として、光が足りなくて長時間露光が必要な動体撮影というのもそこそこあります。アングルを考慮して被写体を追尾しつつピントも追随しながらスローシャッターを切るしかありません。うまくいけば、やや流し撮り気味で主題はピシッと止まるという仕上がりになります。スプリットプリズムに頼っていてはこれは難しいでしょう。周辺のマット面まで使いこなせれば何とかなります。もちろん無数の失敗作のうえにですが。これができるようになれば、もしかしたら腕といってもいいかも。
でもやっぱりスプリットプリズムは楽でいいですよね。