外菌根菌の培養


外菌根菌であることの確認

外菌根菌には比較的生育の遅いものがたくさんあります。特に一次培養の場合、接種した組織片から菌糸が生育してくるのは一週間後くらいであることが普通です。2,3日で菌糸の伸びが見えるもの、一週間ではっきりしたコロニーを作るものは、多分コンタミでしょう。

生えてきた菌が菌根菌であるかどうかは、菌糸を検鏡して確認します。90mmシャーレに5mlの培地といったごく薄い培地を使うのはこのためです。これならいちいち切り取ってプレパラートを作る必要がなく、シャーレの裏から長作動距離対物レンズか倒立顕微鏡で観察すれば済みますから。目的の菌が担子菌の場合、菌糸にクランプコネクションがあればまず成功です。

しかし、担子菌にもクランプをほとんど、あるいは全く作らないものもあります。この点については図鑑などに情報があるでしょう。また、子嚢菌にはそもそもクランプがありません。目的がこのような菌の場合、判定はやや厄介です。まず、隔壁がなくて生長のきわめて速い菌はコンタミ接合菌です。培地上で胞子を作り始めたら、やっぱりコンタミ不完全菌の、Trichoderma sp. か Penicillium sp. あたりでしょう。この2属は非常によく現れます。

のびてきた菌が、菌糸に隔壁があって胞子を作らず、生長が遅い菌なら、分離成功かも知れません。原理的にはコッホの3原則に照らして確認すればいいはずですが、現実には菌根菌でこれはきわめて困難、事実上不可能です。それよりは、分離元のきのこと分離した菌糸体とから DNA を抽出して PCR-RFLP でも行った方が、同一性の確認はずっと簡単です。そこまでしなくても、同属のきのこ複数種から、または同種のきのこで繰り返し分離を行っていれば、「それらしい」というのが見えてくるでしょう。

なお、有名な子嚢菌の菌根菌に Cenococcum geophylum がありますが、これの場合は文献と照らし合わせて確認すればいいはずです。役に立ちそうな文献にはこんなものがあります:
Massicotte, H. B., Trappe, J. M., Peterson, R. L. and Melville, L. H. (1992) Studies in Cenococcum geophylum. II. Sclerotium morphology, germination, and formation in pure culture and growth pouches. Can. J. Bot. 70 : 125-132


外菌根菌の植え継ぎ

基本的な扱いは、一般的なカビとそう変わるものではありません。しかし、中にはちょっと変わった挙動を見せるものがあります。

よく菌学の教科書には「植え継ぎを行うときは、コロニーの縁から移植片をとる」と書いてあります。しかし、これではうまくいかないものもあります。

例えばテングタケ Amanita pantherina がその代表的なもので、この菌の場合移植片は『コロニー中央から』とる必要があります。これはどうやらこの菌のコロニーの形と関係がありそうです。

テングタケ培地断面

テングタケの場合、この図のように培地の中に潜り込むのはコロニーの中央だけで、周辺部は単に培地表面を這っているだけです。ただし一般的な跳躍生長とは異なり、表面を伸びた菌糸が再び培地に潜り込んで新しい基底菌糸を作ることはあまりないようです。そのため、コロニーの縁から移植片をとろうとすると菌糸体だけがぺろりとはがれてしまい、これを植えても、まず滅多に生えてはきません。中央部の、寒天の中に菌糸が潜り込んで基底菌糸となっている部分から移植片をとらなければなりません。

このような生長の仕方は菌根菌にごく普通に見られ、コツブタケ Pisolithus arhizus (昔は P. tinctorius と呼ばれた)でもこれほど明瞭ではありませんが同様の性質が見られます。あくまで推測ですが、これは菌根菌の生態と関連があるのかも知れません。というのも、一般的な腐生菌や寄生菌は基物の『中』を生活の場としています。そのため、基本的には菌糸体のどの部分の周囲にも栄養分があります。菌糸を伸ばすときも、養分はある程度は「現地調達」しているでしょう。しかし、菌根菌の場合炭素などの栄養源は菌根に依存しています。

菌根から外部に菌糸を伸ばして水や無機養分を吸収する場合、炭素などの栄養分は後方からの補給に頼らざるを得ません。菌類の栄養摂取様式は吸収ですから基本的には菌糸のどの部分でも養分を吸収できておかしくはないのですが、土壌中に伸びる菌根菌の外部菌糸では吸収できる養分自体が周囲に存在しないので、外部菌糸では有機栄養を吸収する機能が停止しているのかも知れません―停止しうるものかどうかは分かりませんが。もしそうなっているのであれば、培地の上でもコロニーの外へ伸びる菌糸はモードが切り替わって全面的に後方からの補給に依存した状態になっている、としてもそうおかしくはないと思います。もしもそうであるとすると、養分吸収機能が停止していますから、切り取って新しい培地に移しても死んでしまうということが説明できるでしょう。


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