洗濯物の干し方の極意(私家版)

そもそもなぜ菌根のサイトに洗濯物の干し方が?

菌根と土壌や植物体の水ストレスとの関係を扱っているから。当然だが植物が水を失ったり土壌が乾いたりすることも何となく守備範囲で、そういう話はものが湿ったり乾いたりすること全般を一通り分かったつもりにならないとできない。

念のために書くと、この分野における私のレベルはエンジニアスラングで言うところの「完全に理解した」である。要するに日常的に使える程度、専門家とはとても言えない。ちなみにその上は己の無知を理解した「なにもわからない」、最上位が「チョットデキル」である。これは学会でもよく見られ、それぞれ自信に満ちあふれた活きのいい大学生、成果を挙げるほどにテーマの奥深さを実感している先生方、専門分野では世界レベルの大先生がそれぞれ相当する。

なお、ここでは圧力の単位はkPa(キロパスカル)に統一する。世間一般に、あるいは気象学方面(天気予報など)で使われているhPa(ヘクトパスカル、0.1kPa)より一桁小さい値になる。なぜって、それが土壌と植物の水ポテンシャルを議論するときに普通に使われる単位だから。でもあまり数字は出てこない。詳しいことが知りたい人は専門書をどうぞ。J/kgが出てくるかも知れない。


雨の日など、洗濯物を外に干せない日もある。そういうときにドラム式洗濯乾燥機で用が足りるなら、もちろんそれでよい。ここではそれで足りなかった経験から編み出した部屋干しの方法をまとめる。先に書くが、このような部屋干しにはそれなりにまとまった投資が必要になる可能性がある。


0. 結論を先に

  1. 室内干しでは部屋を暖めて除湿機と扇風機を使う
  2. 洗濯物どうしの間隔を開けると乾きやすい
  3. 洗濯物境界層を吹き払え
  4. 短期決戦主義あるのみ

ゼロ年代、家に幼稚園児と小学生がいた頃は、狭くてジメジメした公務員住宅の洗濯機置き場にはそもそもドラム式洗濯乾燥機は入らなかった。実を言えばこの頃は奥さんに任せきりだったのだが。中古住宅に引っ越しても洗濯機置き場に入る(というかそこに至る廊下を通せる)サイズのドラム式洗濯乾燥機では能力不足で、結局毎朝ベランダの物干しに干すことは変わらなかった。このあたりから洗濯物干しが私の担当になる。

実際にやる立場になると、外に干せない日には困った。室内干しをせざるを得ないが、なかなかうまく乾かない。下手をするといつまでも乾かず臭ってきて洗い直すことになる。公務員住宅のカビ対策に導入した除湿機を使っても、冬はなかなか思うように乾いてくれない。

そこで、上に書いたように土壌と植物の水ポテンシャルをいじっている知識を動員して、上手に干す方法を考案し、実行している。同じことを普通に理屈抜きで実行されている方も多いだろう。

こういった科学的アプローチについては、学生時代にサークル仲間だったあるお嬢さんのセリフが今でも印象に残っている。「家政学部は理系やねんで」と。まさしく「生活の科学」である。その道の大先達である奥田富子先生のことは、薪炭燃料についての林野庁の一般向け資料を拝見して感服し、心から尊敬している。ここでは生活の科学のごく一部、洗濯物の干し方について、紐解いていこう(何を偉そうに)。リカちゃんさんお元気ですかー?

1. 究極の部屋干し「米帝干し」(なんて名前だ)

天気の悪い日などには、あまり使わない和室を臨時に乾燥室に充てて、そこで干すことにした。もちろん単に吊しても部屋が湿るだけで乾かない。使ったアイテムは3種類。除湿機と扇風機とファンヒーター。梅雨時など暖かい時期なら暖房は必要ない。

具体的な方法は、わりと簡単。昭和的な設計の家なので和室には鴨居があり、そこに鴨居用物干し竿(なんて便利アイテムがあるのね)を渡して、物干しハンガーを吊した。ピンチがたくさん付いたものと、ハンガーが並んだものと。必要に応じてただのハンガーも追加した。鴨居がなければ室内用物干しを使えばよいだろう。

その上で、石油ファンヒーターで室内の温度を25℃か30℃くらいに上げて、除湿機をかけた。除湿して凝縮した水を溜めるタンク(ドレンタンク)はこまめに空にしておく。さもないと乾燥途中で満水になって止まることがある(経験者談)。

さらに、扇風機を首振りにして洗濯物に風を当て、湿り気のよどみを払う。これは湿り気のよどみ=境界層を吹き払うため。この境界層は飛行機の翼などで問題になる粘性流れの境界層とは少し違う、濃度境界層のこと。あとで簡単に説明(?)する。

洗濯物の量や機器の性能にもよるだろうが、この方法で2~3時間も干せばたいてい乾いた。除湿機や扇風機にはたいていタイマーがあるので、念のため4時間くらいかけることもあったが、洗濯物の量による。2~3時間なら洗濯物が臭うようになる間もない。

石油と電力(≒化石燃料)と機械を投入して強引に干すこの方法を、個人的には前述の通り「米帝干し」と呼んでいる。地球にはとてもやさしくない。なお、その部屋にはエアコンがないので暖房に石油ファンヒーターを使うのはやむを得なかったが、一応火を扱うものなので無人運転はしたくない。そのため部屋干しする日は朝起きてすぐファンヒーターに点火して部屋の温度を上げておいて、出勤する前には消すようにしている。

東日本大震災後、電力不足対策に少しでも貢献しようと屋根に太陽光発電設備を載せた。日照がある日には、乾燥機の電源はそれで賄えるので少し気が楽。エアコンがあればそれで暖房を入れて「無罪干し」を気取れたのだろうが、わざわざそのためだけにエアコンを導入するのは何か変。それに、本当に室内干しが必要になるような天気の悪い日には、屋根の太陽光発電設備はろくに発電しないことが経験から分かっている。特に冬は、積雪2cmで発電量0kWとか。

太陽光発電設備は、前任地の家の屋根に先住者が載せていた太陽熱温水器に比べ、屋根にかかる負担が少ない。上部タンク・自然循環式の太陽熱温水器はガスの節約に非常に有効だったが、そこそこ重かった。太陽光パネルはずっと軽いが、屋根の設計時になかったものなら負担であるには違いない。そろそろ時期だった屋根の改修を兼ねて、屋根工事に強い業者に頼んで設置したので、わりといい新車が買えるくらいかかった(「わりといい」といってもロータス・エリーゼとかではない)。そのおまけで首振り機能付きサーキュレーターをもらったので、扇風機を他で使う時期にはこちらで境界層を吹き払った。タイマーがなくて帰宅まで回りっぱなしなのが欠点だったが、商用電源同期電動機駆動のメカニカルタイマーを組み合わせることで解消した。タイマーのダイヤルをぐりっと回すだけ。

なお、「米帝干し」とは某ゲーム関連スラングの「米帝プレイ」から来ているが、要するに資源を大量投入して強引に干すという意味。だがもっとすごい力技もあると言えばある。人呼んで(呼んでないって)「石油王干し」。ガスの火力などで乾燥室(浴室など)をガンガン加熱して、洗濯物から出た水蒸気を含む温排気はどんどん捨ててしまう。昔のスキー場の乾燥室などが典型的だが、昔のものでは例として適切ではないか。いや今でもスキー場の乾燥室は昔と変わらないのかも知れない。バブル期みたいに若者は猫も杓子も行くわけではないだけで。なら行けば分かるだろう。個人的には当時からスキーには行かないのだが。

2. 外干しでも臭う時は臭う、怪しいときの「間隔干し」

外干しでも曇りで湿度が高かったり、その上に風がなかったりすると、なかなか乾かないことがある。そういうコンディションの悪い日には、ハンガーが並んだタイプの物干しに水分を多く含むものをびっしり詰めて干すと、全然乾かない。下手をすると臭ってくる。そこで有効なのが「間隔干し」である。ハンガーを一つおきにして吊すなど、単純に洗濯物の間隔を空ける。以上。

拝み干しの図、袖を隣のハンガーに掛けてピンチで留めている。ついでに襟も立てている。

厚手のデニムやコットンフランネル、コットンニットなどは、コットンが親水性の繊維であることもあって、特に乾きにくい。これらは前後のハンガーを開けて「間隔干し」しても、それだけでは特に脇の下がなかなか乾かない。空けておいた隣のハンガーに袖をかけて洗濯ばさみで止めるとだいぶ良い。といってもイメージしにくいだろうから写真を。敢えて名づけるとしたら「拝み干し」か「合掌干し」か。こんなので体感できるほど効くのだから、理屈も馬鹿にしたもんじゃない。ネルシャツ一枚のせいで洗濯物を取り込むのを遅らせる必要がなくなった。

なお、フード付きパーカーのフードは、「間隔干し」をしても非常に乾きにくい。小学生の親を悩ませるアイテム。乾きにくいのは、フードが垂れ下がって身頃(ボディパーツね)と密着して「間隔」が取れないから。これについてはハンガーに追加するアイテムや専用ハンガーがあり、フードを身頃とは別に掛けて身頃との間に「間隔」を取ることが出来る。これを利用すると極めて有効。

ピンチが並んだ小物干しでも、洗濯物の並びを意識して吊すようにして、風の通り道を確保する。また、ハンガー自体に厚みを持たせて前後の身頃の間に「間隔」を空けるアイテムもある。ただし原理的に干したときに少々かさばる。厚みがあるから当然。

いずれの干し方も、洗濯物の間に自然の風を通すことで、洗濯物の表面近くにある蒸発した水蒸気を多く含む空気層(境界層)を吹き払うことを期待したもの。まあ、フードかけアイテムの設計者の考えは知らないが。

3. 洗濯物、なぜ臭う

洗濯物を部屋干しして臭ってしまうのは、乾燥に時間がかかって生乾きでいる時間が長くなり、微生物が繁殖してしまうため。生乾きのような状態を水分活性(Water Activity, Aw)が高い状態という。Awは食品・衛生方面の用語。微生物に利用できる自由水(含まれる全ての水から生物には引き剥がせない結合水を除いたもの)の割合を示す。

え、水分があっても栄養分がなければ微生物は増えないはずだって?君のような勘のいい、、失礼。そのとおり、栄養分が全くなければ微生物といえど増えるはずがない。だが、現実には乾くのに時間がかかると、臭う。つまり、栄養分はあるのだ。そしてそれを微生物が分解吸収して自らの養分とし、残りかすが臭い成分となる。

実のところ、普通に洗濯したくらいでは、微生物に利用できる栄養分は十分に残る。洗濯機そのものも定期的に洗濯槽洗浄を必要とすることから想像できるだろう。微生物も生えないくらい清浄に洗うのは現実的ではない。何度も水道水すすぎを繰り返すのは環境負荷が高いし、繰り返したところでゼロにはならない。

関西ローカルの少し前の話だが、梅雨時には大阪市立環境科学研究所の浜田信夫さんがテレビに登場して浴室や洗濯機のカビの話をされるのが半ば風物詩であった。浜田さんは大学の研究室の大先輩で、学生当時からいろいろと教えて下さった。2020年日本菌学会大会の大会会長をなさるはずだったが、COVID-19の影響で大会が中止されてしまったのが残念無念。それはともかく、洗濯機内部にはそれだけのカビを養う栄養があるのだから、当然洗濯物にも栄養分は残る。

それにねえ、きれいに掃除してしまっておいたはずのカメラや顕微鏡のレンズにもカビは生えるんだよ!いったい何食って生きているの君たち!!(キレ気味に後悔)(コーティングが食われてなければ普通にエタノールで清掃すればだいたい直るし油汚れ用アルカリ性洗剤を使えばたいてい落とせる)。

栄養分の塊である食品では、いくつかの方法で微生物の繁殖を防いでいる。干物などのように乾燥させてAwを下げるか、砂糖や塩の浸透圧でAwを下げるか、缶・ビンなどに密封して殺菌して無菌にするか、酸素を除去するか(カビには有効だがボツリヌス菌などの嫌気性細菌には無効、真空パック辛子蓮根食中毒事件では辛子蓮根メインの惣菜屋だった叔母がえらい迷惑した)、冷蔵庫などで低温保存するか。洗濯物は乾かさなければ話にならないが、乾くまでの間の微生物の繁殖を抑えられそうな方法はこの中では真空か低温くらいである。しかし後述するが低温では乾燥は遅くなる。真空という方法は最後に少し触れるがどえらく大変で実用にならない。

となれば、微生物が繁殖して洗濯物が匂うのを防ぐには、微生物に繁殖する時間を与えないという戦略を採るしかない。洗濯物から一気に水を奪う。いわば、一気干し。短期決戦主義あるのみ。洗い終わったら速攻で干す。

…なのだが、実は他にも方法はある。食品に微生物が繁殖する(それが人間に都合が悪い現象であれば腐敗と呼ぶ)のを防ぐために、食品添加物として保存料を加える場合がある。保存料として認可されている成分は厳しい安全審査を経たエリート化合物なので、上手につまりルールに則って使えば、使わないときより食品経由のリスクを下げることができる。具体的には食中毒のリスクなど。これと同様に、洗濯物に微生物が繁殖するのを防ぐ成分を含む仕上剤を洗濯時に入れることがある。もちろん安全性は確保されているのだろうが、そのへんの詳細は知らない。気温が高い時期など微生物の繁殖が早くて物理的な一気干しが追いつかないとき、洗濯が終わってから干すまでの間にもう臭うようなときには、効果が体感できた。しかしこれについてはボロが出そうなので深入りしない。

4. 理屈を少々

湿度が高いというのは、ふつう「相対湿度」が高いことを指す。相対湿度というのは、空気中に存在できる水蒸気の量の上限である「飽和水蒸気量」に対して実際には何%の水蒸気が含まれているかという比率。飽和水蒸気量は温度に応じて決まっている定数で、単位はg/m^3。温度が高いほど飽和水蒸気量は大きくなる。

空気中に同じだけの水蒸気が存在しても、温度が高ければ水蒸気量の上限である飽和水蒸気量が大きいので、相対湿度は低い。逆に温度が低ければ上限も低いので相対湿度は高くなる。飽和水蒸気圧との関係はちょっと措いておいて。というか関心がある方は自力で調べて。高校化学レベルの基本だから。

# このへんは荒木健太郎先生の「雲を愛する技術」でわかりやすく説明されている。相対湿度が100%を超えると雲になる(大雑把すぎ)。あれは良い本だ。

「湿度が高い」ほど洗濯物が乾きにくいのは誰でも知っているとおり。湿度(相対湿度)が高いほど、空気は水蒸気でいっぱいである。満員に近いと言ってもよい。そのため残り容量、「追加で受け入れ可能な水蒸気量」つまり空席は少ない。この受け入れ可能な水蒸気量を「大気飽差」という。単に「飽差」という方が普通かも知れない。いずれにせよ要するに空席である。水蒸気量を問題にしている場合の単位は体積あたりの水蒸気の質量、g/m^3。

気象がご専門の方のやり方はよく知らないが、我々が野外データから大気飽差を求めるとき、普通は温度センサーと相対湿度センサーの値を元に算出している。飽和水蒸気圧は気温から理科年表を引いてもいいが、近似式による算出の方法は別記事気温から飽和水蒸気圧を導く方法に書いたとおりわりと簡単。ただしこの記事では水蒸気量ではなく水蒸気圧を問題にしているので、単位は質量(g)ではなく圧力(kPa)。植物の受けるプレッシャー、ストレスは圧力で測るのが分かりやすい。実際に圧力を使う測定器も多い。ポテンシャルエネルギーという意味ではJ/kgの方が適切だが、値は一緒だし。

洗濯物を考える場合は圧力より質量(我々もたいてい重さで質量を量るが本当は重さと質量とは別物であり、でも今はまあいい)の方が相応しいだろう。洗濯物に含まれる限られた質量の水が速やかに蒸発して失われ、洗濯物のAwが下がって(自由水が減って)微生物が繁殖できなくなれば、臭いについてはそれでよい。

気温が高いほど飽和水蒸気量(水蒸気の定員)は大きくなるので、同じ水蒸気量(乗客数)であれば気温が高いほど大気飽差(空席数)は大きくなる。だから気温が高いと洗濯物からどんどん水が蒸発する。これが「米帝干し」で部屋に暖房を入れる理由の一つ目である。

5. 境界層を吹き払え

洗濯物が乾く過程で、風がないと表面付近に水蒸気で飽和した空気の層が形成される。その層が形成されると、洗濯物からの水の蒸発は止まってしまう。物体の表面に出来る水蒸気の濃度が周囲と違う層なので、これは濃度境界層の一種である。植物の葉の表面(どちらかというと気孔がある裏面が問題なのはこの際措いておいて)に出来るのが葉面境界層だから、この場合は洗濯物境界層と言えるかも知れない(おいおい)。とりあえずこの言葉を使う。

洗濯物表面に接する空気、すなわち洗濯物境界層が水蒸気で飽和してしまうと、水分受け入れ余地がゼロになるので、もうそれ以上は乾かない。乾かすには、飽和した水蒸気が拡散で薄まるのを待つか、飽和した空気を動かしてしまうか。しかし待っていては臭う。だから飽和した空気を動かすのが現実的な解決策となる。

外干しでは、洗濯物は天然の風を受けることになる。それによって自然に洗濯物境界層が吹き払われることになり、洗濯物の乾燥が進む。しかし室内干しでは風は吹かない。だから「米帝干し」では扇風機を動員する。除湿機自体も風を送るが、シングルソースではどうしても偏りがある。除湿機の風だけでは上手く吹き払われないところが生じるのに対応するために扇風機を用いる。

イカの回転干し(という名前かどうかは知らない)。回転しているのでイカが遠心力で斜めになっている。

だが、洗濯物境界層を吹き払うために風を当てるのは、平凡な発想である。同じ水蒸気の濃度境界層を破壊するのに、水産物加工業者さんは乾燥すべき対象物(右の写真ではイカの干物)をぐるぐる回すという逆転の発想を見せる。…客寄せの看板かも知れないけれど。動画ではないが、イカの干物が遠心力で斜めになっているところから回転しているところを想像して欲しい。

洗濯物にしても干物にしても、被乾燥物と大気との間に動きがあって濃度境界層が剥がされれば効果は同じ。こういった動力で回転する物干しがあるかどうかは知らないが、風を受けて回転するものならあるらしい。


6. 除湿機のはたらき

洗濯物境界層を吹き払えばよいのなら、エネルギーを大量消費する除湿機を使わずに扇風機だけでよいのでは?一人暮らしの下着くらいだったら、もしかしたら大丈夫かも知れない。だが、洗濯物が多くて水分の絶対量が多いと、部屋全体の空気が飽和してしまい、いくら風を当てても乾かなくなるかも知れない。というかなった。それを防ぐために除湿機を使う。

または、部屋全体を換気してしまうという解決策もあり得る。とはいえ雨の日に外から湿度100%近い空気を導入してもあまり効果は期待できない(部屋をがんがん加熱する「石油王干し」はこれの一種とも言えるがエネルギーを使いまくる点が違う)。電力を使うことには変わりないが、エアコンの除湿モード、特に再熱除湿モードも有効かも知れない。これは実質除湿機と変わらない。とりあえずここでは除湿機、それもヒートポンプを使ういわゆるコンプレッサー式除湿機の場合の話をする。

エアコンにしても除湿機にしても、蒸発と断熱膨張による吸熱と断熱圧縮と凝縮による排熱を利用したヒートポンプを使うものが家庭用では一般的。たいていの冷蔵庫も同じ原理で動く。

このような除湿機では、ヒートポンプの一端である吸熱側の冷たい熱交換器で、空気中の水分を凝縮させて取り除く。つまり、除湿機内で熱交換器上に結露を起こさせる。冷えたグラスに露が付き滴り落ちるのと同じ。結露水=凝縮した水は、空気から取り除かれてドレンタンクへ。

除湿機の構造をイメージ的に捉えるには、エアコンの室内機と室外機が両方入っていると考えると分かりやすい。冷たい室内機で結露させて水分を落とした空気を室外機で暖めて戻すというもの。エアコンの再熱除湿も概ねこのような仕組みらしい(詳しくはメーカーの説明を)。

もう少し詳しく。洗濯物から水を受け取った室温の湿った空気は、吸熱側の冷たい熱交換器を通過するときに、その温度での飽和水蒸気量(水蒸気の定員)を超える分の水を落として、冷たくて飽和した空気になる。座席が少ないため大した客は乗っていないのに椅子が全部埋まっている客車と同じ(オハ64とか:立ち席はこの際考えない)。除湿機では、この空気は直ちにヒートポンプの反対側にある放熱側の熱い熱交換器に送られる。放熱側熱交換器では水蒸気量(乗客数)は減らないが、空気が暖められて温度が上がる。そのため、飽和水蒸気量が高まる。つまり定員が増える。空気中の水蒸気の絶対量つまり乗客数そのものは変わらないが、定員が増えることで空席が増える。その結果、除湿機から吹き出される空気は、水蒸気の絶対量(乗客数)が少なく飽和水蒸気量(定員)が多い状態、ガラガラに空いた状態になる。これは受け入れ可能な水蒸気量(空席)すなわち大気飽差が大きい状態であると言える。

この方式では水分を取り除くのに低温による凝結(結露)を用いるため、元々が低温だと機能を発揮しにくい。具体的には、当たり前だが冷却器が0℃になると凝結水が凍結してしまう、または水蒸気から直接霜が付く。そのため0℃での飽和水蒸気量(4.85g/m^3)より空気中の水分を少なくすることは原理的に出来ない。そこまでいかなくても能率が落ちる。低温の(=飽和水蒸気量が小さい)空気は、温度を下げる余地が少ないため飽和水蒸気量をあまり下げられず、頑張ってもあまり水を落とさせることができないため、除湿機にとっては苦手な相手である。要するに、ある程度温度を上げないと除湿機は機能を発揮できない。これが「米帝干し」で暖房を入れる二つ目の理由。大丈夫、三つ目はない。それに実は一つ目と二つ目は同じことを言っている。洗濯物サイドで見ると一つ目、乾燥機サイドで見ると二つ目というだけ。

7. ヒートポンプとその他の除湿機

ヒートポンプの動作を簡単に。ヒートポンプは基本的に圧縮機、膨張器(膨張弁とも)、二つの熱交換器とそれらをつなぐ密閉された管路から構成されている。これは多分過度に単純化されているが原理の話だから大目に見てほしい。内部には冷媒(より一般には熱媒体、霊媒ではない)が封入されている。冷却対象から熱を受け取る冷却側熱交換器(熱交換器のうち、内部に冷たい熱媒体=冷媒を通して周囲を冷却するもののことをここではこう呼ぶが、普通は蒸発器エバポレーターと呼ぶ)を低温の冷媒ガスが通ると熱を吸収し、常温の冷媒ガスとなる。これを圧縮機で断熱圧縮すると高温高圧のガスになるので、その熱を放熱側熱交換器(熱交換器の内部に熱い以下略だが普通は凝縮器コンデンサーと呼ぶ)で系外に放出する。高圧のままなので熱交換器で常温になると冷媒は液体に戻り、その際にさらに凝縮潜熱を放出する。

放熱側熱交換器を通って常温高圧の液体になった冷媒は膨張器で圧力を抜かれ、断熱膨張で低温低圧の気体になる。実際には気液混合状態にするそうだが、ともかく低温になった冷媒は、冷却側熱交換器で空気中の水蒸気から熱を受け取り温度が上がる。それによって残っていた液体部分も蒸発する。正確には熱を受け取るのは空気全体からだが、水蒸気は凝縮するときに大量の凝結潜熱を放出するのでそれが大きい。熱を奪われた空気中の水蒸気は熱交換器の外側表面で凝縮して液体になり、集められてドレンタンクへ。空気中の水蒸気から熱を受け取った常温常圧の冷媒ガスは、圧縮機で断熱圧縮されて高温高圧のガスになり、放熱側熱交換器で系外に熱を捨てて常温高圧の液体に戻る。これが膨張器で断熱膨張して、以下を繰り返す。ごくごく大雑把には。

除湿機の仕組みにはこれ以外のものもある。回転する乾燥剤(デシカント)に回転の片側で湿った空気を当てて水分を吸着させて、反対側でヒーターで加熱して水分を取り出すデシカントタイプと呼ばれる乾燥機もある。湿った温風として取り出された水分は、室温の熱交換器で冷やされて凝縮水として取り除かれる。ヒーターの消費電力が大きい(少なくとも購入を検討したゼロ年代の時点では)が、このタイプは低温に強い。冬の湿気が問題になる新潟の実家(元祖父母の家・親の隠居先で私自身は新潟に住んだことはないのだが)にはこれを導入した。デシカントタイプは低温に強いため、低温に弱いヒートポンプと併用して弱点を補い合うハイブリッド型というのもある。また、乾燥剤を回転させずにヒーターだけを間欠的に使う小容量のものが、光学機器などを保管する防湿庫の除湿装置として用いられている。この場合は吸着した水はヒーター作動時に蒸気として放出される。

ハイブリッド型除湿機は持っていないので試したことはないが、これを使えば「米帝干し」の暖房は要らないかも知れない。次の買い換えでは検討対象だが、コスト次第。相応の消費電力はあるし、値段が高いということは製造時の環境負荷が高いと考えられるので、環境負荷を考えると慎重な検討が必要。

8. いろいろな冷却装置・乾燥装置

ヒートポンプによる冷却を挙げたのだから、小規模とはいえよく使われる冷却素子であるペルチェ素子についても触れておくべきだろう。たいていのうちに入らない小型冷蔵庫にはこれで冷却するものがある。簡単に言えば、ペルチェ素子は電流を流すと熱を移動させる半導体デバイス。秋葉原などのパーツ屋で普通に売られている。動作する電圧こそ低いものの、素子の規模によっては3Aとかけっこうな電流を流す。吸熱側から熱を奪い、放熱側に排出する。電圧と電流の積であるジュール熱(これが結構馬鹿にならない)も含めて。機械的動作部分がなく電源とペルチェ素子と放熱器だけで構成できるので、小規模なシステムの構築には適している。例えば、簡易凍結ミクロトームの凍結ヘッド冷却装置。サイクロメーターにも使われている。電子的な素子なので、うまく制御すれば精密な温度制御ができる。

逆に温度差から電圧を生じるゼーベック素子というものもある。ペルチェ素子と構造は同じ(太陽電池とLEDのような関係)。これを利用し、熱源としてプルトニウム238などの不安定核種の崩壊熱を利用した原子力電池(RTG)が早くから実用化されている。代表例としては、1970年代にアメリカが打ち上げた宇宙探査機のボイジャー1号2号に搭載されたものがあり、ボイジャーたちは打ち上げ後半世紀近く経つ2020年代に入っても太陽系の外から地球人類にデータを送り続けている。太陽光が弱い外惑星の探査では太陽電池の能率が悪いのでRTGが選択されることが多く、木星探査機のガリレオ、土星系探査機のカッシーニ、冥王星・太陽系外縁天体探査機のニューホライズンズでもRTGが使われた。創作の世界ではアンディ・ウィアーの小説「火星の人」で絶対確実だが剣呑な電源として使われており、ある場面では廃熱が「原子力風呂」の熱源としても活用されていた。それを映画化された「オデッセイ」では省略されたのが惜しまれる。

8.1. 真空凍結乾燥機

さらに、全く違う乾燥方法がある。真空凍結乾燥である。もちろん洗濯物には普通は使わない。生物サンプルを変質させずに乾燥させるのに用いる。化学成分を加熱せずに濃縮するのに使う場合もあれば、きのこを生の姿を保って乾燥標本にするのに用いることもある。ただし、こうして作った乾燥標本は酵素が死んでいないため間もなく褪色してしまう。これを防ぐには酵素が失活する温度までいったん加熱するが、その過程で多少色が変わることもある。また、真空凍結乾燥標本はたいてい極めてもろく壊れやすい。それに何といってもかさばる。だがディスプレイ用の標本としてはそれなりに有用。

真空凍結乾燥を行うには、まずサンプルを冷凍する。用途にもよるだろうが、きのこなら普通の冷凍庫で間に合う。凍結させてから真空凍結乾燥機に入れて溶ける前に真空に引き、水分を昇華させる。なお、少なくとも私の周りにある真空凍結乾燥機には凍結機能はない。真空チェンバーには、ものによってはむしろヒーターが入っている。

チェンバー内を水の三重点圧力である0.612kPa以下にまで減圧すれば、水は液体では存在できなくなる。そのため、試料中の氷は液体の水を経由せずに直接昇華する。体感的には1/200気圧以下にまで真空ポンプで引くことになる。そこまで引いておくと、凍結したサンプルが常温に戻っても融けることはない。ヒーターは昇華を促進させるために使う場合もあるらしいが使ったことはない。なお、凍らせずに引くと突沸してサンプルが爆発する。やったから知ってるんだ。だいたい乾いてると思ったら、芯の方が思ったより湿っていた。

サンプルから昇華した水蒸気は、そのままでは飽和して昇華が止まってしまう。常温の飽和水蒸気圧は2kPa台。放っておくと真空ポンプに吸われてしまうが、真空凍結乾燥機でよく用いられるロータリーポンプ(油回転ポンプ)はオイルへの水分の混入に弱いので、それは避ける必要がある。そのため、チェンバーからの排気がポンプに到達する前に、-60℃とか-85℃とかに冷却したコールドトラップで水蒸気を捕集する。-60℃の飽和水蒸気圧は一桁Pa(常温の1/1000程度)なので、水蒸気のほとんどはコールドトラップに触れると氷として捕集されてしまう。

いくら何でも脱線が過ぎたか。何はともあれ真空ポンプのオイルはこまめに替えよう。万一の修理代を考えたら安いものだし、故障が防げれば使えない期間も生じない。ポンプオイルの色が変わるのを待つ必要はない。中には毎回替える人もいる。やっぱり脱線しとるやないか。


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