ニコンの昔の顕微鏡に、伝説的なというと言い過ぎか、名機「S型」があります。当時の社名で日本工学工業といった方がそれっぽいですね。カメラのFとおおむね同時期の機械です。ニコンFには今でも十分使える機体が多数あり、ファンもたくさんいます。S型顕微鏡にも。たぶんもう少し前の時代ですが、レンジファインダー式カメラにもNikon Sという機種があり、その改良型のS3は(メカ技術継承のため?ミレニアム記念のため?)2000年に再生産されたりしています。もちろんどれもちゃんとメンテナンスされていれば(デルリン樹脂のフォーカシングギアが割れるといった弱点はあるようですが)十分実用になります。仕事の能率という面ではまああれですが。
「ニコンの黒塗り顕微鏡」といえば、このS型やそのバリエーションのことを指すようです。ご存じない方のためにごくごく簡単にイメージを説明すると、基本構造は(初等学習用を除いて)一般的な「ステージフォーカシング」と呼ばれるタイプで、コンデンサー付きステージを水平を保ったまま上下させてフォーカシングします。対物レンズは垂直で、鏡筒内のプリズムにより接眼レンズを使いやすい角度に傾けています。接眼部は双眼で、眼幅調節はイェンチェ型(スライドタイプ)です。LABOPHOT/OPTIPHOTあたり以降は眼幅調節がジーデントップ型(スイングタイプ)なので、それらとはちょっと感じが違います。それ以上の詳しいことはファンの方のサイトに譲ります。
プロ用機材であるS型顕微鏡は、当然のことながら森林総研、当時の林業試験場にもありました。でも残念ながら私の周囲には当時の機体は残っていません。それより新しいOPTIPHOTなども含め、有限長光学系の機械自体がもうほとんどなくなりました。まあ私はその数少ない有限系の機械をマイ顕微鏡にしているんですが。世間は無限遠補正光学系の時代になってだいぶ経ちますし、ニコンは1996年に移行しています
ちなみに、有限長光学系のニコン顕微鏡のうち1976年以降のものは「CF方式」といって対物レンズ・接眼レンズのそれぞれで倍率色収差の補正を完結させており、S型顕微鏡とは互換性がありません。さらに1985年には「NCF」に移行しています。これに対し、S型の時代には対物レンズで残った収差を接眼レンズで補正する「コンペンセーション方式」でした。そのため、この時代のレンズが出てきても、対物・接眼のセットでない限り使うことができません。
しかし、ある時ほかの実験装置のマニュアルを探して実験台の引き出しを漁っていたら、S型の取扱説明書が出てきました。著者個人名の記載はなく、会社が作成したものであるため、著作権法第15条により著作者は会社であると考えられます。このようなものを法律家は「職務著作物」と呼ぶそうです。学会誌の編集委員とかやるとこの辺を勉強せざるを得ないのです。そして、「職務著作物」の著作権は、著作権法第53条に「公表後50年」と定められています。
つまり、S型の取扱説明書は著作権の保護期間が終了しているはずです。
というわけで、ここに置いておきます。あれくらい古いと紙が劣化していて、繰り返し開くと崩壊するかも知れませんし、何より貴重な資料だからなくしたくないし。それにすごくいいんですよ、内容が。S型ユーザーの方の役に立つだけではなく、最新のものも含めて顕微鏡を使う人が必ず知るべき内容について、初歩的なところがコンパクトにまとまっています。
サムネイルとか特に作らず原寸ファイルを読み込んでブラウザ縮小で表示してます。そのため転送量は結構巨大、うわ51.7MBもあった、です。まあ基本自分用保存ファイルですし。
まさか当時の日本工学工業株式会社は社内規定で著者を従業員個人とするなんて定めてませんでしたよね。最近の製品ではマニュアルのダウンロードサービスもやってるくらいですし。万一問題があるようでしたら教えていただけると有り難いです。なお、具体的に裏を取っていない単なる可能性の指摘や素人考えの意見は無用に願います。ニコンに連絡するのは言うまでもなく自由です。