その他いろいろなことについて


真菌用抗生物質を使ってみる

抗生物質といえばバクテリアを抑えるのにいろいろ使われますが、対真核生物用のものもあり、中には真菌に特異的に作用するものもあります、というのはというのはこんなページ読む人なら知らないはずはありませんね。実用的には医真菌方面でいろいろなものが使われています。ポピュラーなところでは水虫の薬とか。なお、ここでは合成抗菌薬をも含めて扱います。

まずは「菌根菌を殺す薬」から。菌根菌の多くは担子菌なので、担子菌に効く薬ということになります。確実に全部殺すのは無理でも、抑えることはできます。

ナイスタチン

ナイスタチンは口腔カンジダ症をはじめとする真菌感染症の治療薬としてポピュラーな(だった?)抗生物質です。ナイスタチンの作用機作はエルゴステロールに結合して細胞膜に穴を開けるというものだそうで、真菌に特異的で特に活発に伸びているものに殺菌的に作用します。しかし実験に使おうとすると水にほとんど溶けないためちょっと面倒です。こういう時の定石のひとつは「DMSOに溶かして希釈」ですが、ナイスタチンにもこの手が使えます。DMSOはジメチルスルホキシド、ってのは言うまでもないか。

なお、値段は和光さんで1g \6,900、試薬としてはそんなに高い薬ではありませんでした(2008年)。医薬品として販売されている錠剤を砕いて使うともっと安上がりにできますが、浜田培地用にエビオスを使うのと同じで、どちらかというと日常の培養向きでしょうね。医薬として歴史のある(有り体に言って古い)抗生物質なので力価という単位も使われており、第十五改正日本薬局方によるとナイスタチンの場合1単位0.27μgです。今だと同じような作用機作のアムホテリシンBとかエルゴステロール合成阻害剤のアゾール系だとかが主流で、もっと新しいのでは強力な1,3-β-Dグルカン生合成阻害剤のミカファンギンなんていうのが出てきてるんだそうな。

ナイスタチンを使って「菌類皆殺し」(かなり無差別ですが一撃必殺ではありません)をやるときの濃度は、とりあえず50mg/Lでいいようです。50mgのナイスタチンをエッペンチューブに入れ、0.4mlのDMSOを加えて超音波をかけて溶かします。これを水で希釈して1Lにします。というのはネットで見かけた情報なのですが、原著者には申し訳ないことに出典を見失いました。DMSO溶液は黄色いですが、水で希釈するとかすかに濁った状態になります。メタノールと塩酸なんかを使う方法もあるようですが、DMSOを使うと簡単です。実際には耳かき半分くらいとって秤量してみて、6.0mgだったら48μlのDMSO、なんてことはせずに、もっと扱いやすいよう0.1mlくらいのDMSOで溶かして120mlの水に希釈する、ってな感じでやってます。

ポリオキシン

最近はもっとお手軽なポリオキシンも使ってみています。水溶性なので取扱いが楽ですし、農薬として売られている位なのでごく安価な上に安全性(=危険性)も徹底的に検証されています。ポリオキシン類の作用機作はキチン合成酵素阻害で、細胞壁が作れなくなるため菌糸が伸びようとするとおかしくなるそうです。

そんなもんで何をやる気かって?「それは、秘密です♥」いやまあ見当つくでしょうけれどその通りです。2012年の森林学会で発表しましたが、月1回程度ぶっかけ続けると菌根の発達を阻害できるようです。これである程度大きな「菌根なしコントロール植物」を得られる見通しが立ちました。でもそうすると植物はT/Rの資源分配を変えてくるんですよね。

つくばの森林総研の温室で種子から温室で育てて幹の太さが3mmくらいになったクロマツの苗木は、熊本の九州支所の温室で育ったものとは違って Tomentella か何かの野生菌根だらけになってもう話にもなんにもなりゃしないんですが、その根をこれで処理してやって無菌根化することができました。掘り上げてよく洗って菌根はできるだけ落とした上で濃いめの液にどっぷり漬けて、滅菌した鉢・培土に植えて室内管理。当然植物もそれなりのダメージは受けますからリハビリが必要です。多分薬じゃなくて菌根むしりのダメージ。この辺ざっとしか書かないのは、隠してるんじゃなくて最適化が全然できていないから。

なお、温室のビニールテント内の鉢植えにドバドバとかけてやっても一度限りではダメでした。また、鉢や土(砂ですが)はさらし粉で消毒したくらいでは菌根菌フリーにはなりません。丸ごとオートクレーブしてやる必要があるみたいです。それでも温室では維持できないでしょう。関東地方は風が強いからでしょうか。筑波颪(おろし)とか。ビニールテント内の懸垂型育苗コンテナではドングリ苗を無菌根で維持できるのですが、木の台の上に置いた滅菌鉢に植えたポリオキシン漬けの除菌根クロマツ苗木は程なくあえなく菌根菌まみれに。這い上がってきたのか生き残りがいたのか、空き家を見つけて大喜びで爆殖して、勢い余って砂の上にまでクランプだらけの菌糸を伸ばして鉢が丸ごとかびたみたいになってしまいました。

空調温室でも油断できません。空調のために常時それなりに風があるからか、無菌根の鉢をプラズチックのざるに入れてテーブルに並べていたら結構コンタミしました。水やりは上からぶっかけではなく鉢一つ一つだったのに。園芸用ビニール温室で遮風してやって、テーブル直置きではなくメッシュで支持して浮かせてやって、はじめて無菌根での維持が可能になりました。

抗子嚢菌剤

そうそう、皆殺しではなく子嚢菌だけを殺したいときは、ふつーにベンレート(成分としてはベノミル)あたりを使えばよろしいかと。まあこれも製造中止になったそうですけど。「代わりにトップジン-Mがいけそう」とかいう論文が2008年に Mycorrhiza に載りました。ショウロの菌糸はベンレートの有効成分であるベノミルにして0.01%添加した培地でも元気に伸びますが、普通のトリコデルマ(A氏曰く「虜出る魔」)は全く生えません。しかしアオカビっぽいものは結構出るなど効果は完全ではありません。それから、きのこの種類によってはベノミルに弱いものもあるようなので、菌ごとの予備試験が必要です。TBZ(チアベンダゾール)も同様に使えます。これらは農薬として入手可能ですし、TBZは柑橘のポストハーベスト農薬としても使われるので、日本の法制下では食品添加物にもなっています。そういう名目にした方が扱いが楽かも。

非滅菌系で菌根合成観察実験をやる場合、トリコデルマあたりが観察を邪魔するばかりか悪さをしているっぽいことがあります。そういうのを防ぐためには、菌根菌に影響しないと分かっている抗子嚢菌剤を添加します。上記の通り完全に防ぐことはできませんが、ある程度軽減することはできます。


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