植物体内の水ポテンシャルを計測する機械。だけでピンとくるなら世話はありません。私にはさっぱり分からなかったので、分かったつもりになった経緯を書いてみます。
構造はごくシンプルなもので、大雑把には圧力源の(ふつうは)窒素ガスのボンベと、微妙な加減の出来るバルブ、圧力計、測定室(チェンバー)で出来ています。チェンバーの中で圧力(プレッシャー)をかけるからプレッシャーチェンバー。測定室の蓋が特殊な造りになっており、ゴムの穴あきパッキンをごっついネジで保持しています。パッキンの穴に通す試料は、小枝のこともあれば、一枚の葉の葉柄のことも。なのでパッキンの穴には大小あり、使い分けます。ガスの次に消耗品です。試料を通したパッキンを特殊形状のワッシャーと固定ネジで締め上げて、試料の周囲からガスが漏れないようにして測定室に取り付けます。
15気圧くらいかけることがあるので、チェンバーも蓋もかなり頑丈です。15気圧を雑に1平方センチあたり15kgとすると、直径5cmの蓋に300kgほどの力がかかります。おっと、これは昔の重力単位系(kgf/cm^2)。今は正しくSIで1.5MPaと言いましょう。だいたいの植物はこれくらい圧力をかけても絞り出せないほど乾いたら死にます。
植物が土壌から水を吸い上げる時、原理的には土壌から根を通じて葉まで圧力勾配に従って水が移動します。なに、10m以上は上が真空でも上がらないとな?そんな私が小学生だった頃みたいなことを言うのは控えてください。ていうかそういう話はもっと詳しい先生に聞いて下さい。で、その圧力が水ポテンシャル(単位はふつうkPa)です。本当は質量あたりエネルギー(J/kg)の方が適切ですが、使いやすいので圧力を使います。値も同じだし。
植物が水ストレスに曝されると当然体内の水が足りなくなり、水ポテンシャルが下がります。ではどれくらいまで下がっているのか。圧力が下がっているなら水を吸い込む力が生じているはずです。道管が太い植物の場合など、切り口から空気が入り込んでいるかも知れません。切り花を花瓶に挿す前に「水切り」するのは、空気が入り込んで空気塞栓エンボリズムを起こした部分を切り捨てるためです。
ともあれ、葉などには水を吸収する方向の圧力、負圧が生じているはずです。それを測定するために、賢い人が考えついたのは「負圧を打ち消すだけの正圧を外から加えれば切り口から水が出てくる」という理屈です。私が理解したつもりになるには「濡れ雑巾のアナロジー」が有効でした。
濡れ雑巾のアナロジーとは、「びちょびちょの雑巾はちょっと絞るだけで水が滴るが、あまり濡れていない雑巾は頑張って強い力で絞らないと水が出てこない」というものです。小学生にも分かりますね。水ポテンシャルの高いみずみずしい試料をプレッシャーチェンバーにかけると、ちょっとの圧力で切り口から水がにじみ出します。一方で、しなびかけの水ポテンシャルが低い試料をプレッシャーチェンバーにかけると、700kPaとか1000kPaとかの高圧をかけないと水が出てきません。
そういえば、どうやって測定するかを書いていませんでした。試料を固定したら、バルブをちょっとだけ開けて測定室に圧力を導入します。導入しながらルーペか何かでパッキンから覗いている試料断面を観察します。観察しながら圧力を上げていき、断面が潤った瞬間にバルブを閉じて圧力計を読みます。この読み取りがたいへん微妙で難しく、マツの針葉の場合は水より先に樹脂が押し出されるのでそれとの区別が必要だとか、私には経験ありませんが試料の固定が甘いと試料が飛び出すことがあるから絶対に真上から覗き込むなとか、なかなかに技を要求されます。実にアナログ。せいぜい水が出た瞬間にボタンを押すと圧力の値が保持されるというくらいです。
私が使っている機械では測定後の排気は専用バルブで行うのですが、これが何ともすさまじい音を立てるので閉口します。ゴムホースで排気膨張室っぽいものを作ったところやや治まりましたが、雑に扱うとはじけ飛ぶ恐れがあるので圧力ものは怖いです。
なお、この水ポテンシャルの説明(?)は少し雑なので、このまま答案に書いて減点されても知りません。ちゃんとしたことが知りたければ、こんなの読んでないで教科書を読むなり植物生理学会のサイトを見るなりすることをお薦めします。
私はプレッシャーチェンバーでマツの針葉の圧ポテンシャルを測ることがあるのですが、使っているのが小枝も測れるチェンバーなので、特に昼間の測定では高圧をかけるため窒素ガスをすごい勢いで消費してしまいます。ガス代そのものは大したことありませんが、購入手続きやボンベ交換作業は面倒なので、できる限りその頻度を低くしたいところです。うっかりガス欠を起こして欠測となったときの悔しさといったら。それに、室内で窒素ガスをじゃんじゃん使った挙げ句に酸欠になってひっくり返りでもしようものならめちゃめちゃ恥ずかしいですし。いやさすがにこれはやったことないですけど。
ともあれ何とかガスの浪費を抑えたいと考えて、加圧したときガスの大半は何もない空間を満たしているだけであることに目を付け、そこを固体で埋めることによってガスで満たすべき空間を縮小することを思いつきました。そのためにチェンバーの内寸にちょうど収まるよう大型のゴム栓を3個ばかり重ねて糸で括った中子を作りました。もちろん中心には針葉が入る穴を空けてありますし、間違ってもガスの流路を塞がないよう溝も彫ってあります。これでチェンバーの内容積を1/10くらいにすることができ、当然ガスの消費もそれに応じて少なくなりました。
ただし、容積が減るということはガスの流入量に対する圧力の上昇が早まるということなので、加減弁を調節して少しゆっくりガスを入れるようにする必要があります。まあ当たり前のことですが。加圧/排気の三方弁だけの機械だとデリケートな操作が必要になるかもしれません。
圧ポテンシャルの測定には、断面からの水の滲み出しを観察するのに十分に明るく証明すべきです。また、作業の能率を上げるにはねじ込み部分やO-リングの掃除とグリスアップが欠かせません。でもやっぱり3MPa(約30気圧)とかかけるとちょっとどきどきします―てのひらに収まる蓋に1トン近い力がかかってるんですから。
ところで、プレッシャーチェンバーのことをプレッシャー「チャンバー」と呼ぶ人がいますが、何ででしょうね。変なの。それに限らずチェンバーをチャンバーと呼ぶ人が結構いるようです。