「グロムス類」の門の和名について

Glomeromycotaは、2001年にアルトゥール・シュスラーらによって提案された(*)新しい菌類の門です。門というのは、例えば動物ならヒトから魚まで全部含むような高位の分類群です。それまで菌類には「担子菌門 Basidiomycota」「子嚢菌門 Ascomycota」「接合菌門 Zygomycota」「ツボカビ門 Chytridiomycota」という4つの門が認められていました(昔は卵菌門とかもありましたが今は遠くに引っ越してしまいました)が、これが一つ増えることになったわけです。ちなみに2007年にはこれら全部をガラガラポンして再構築する論文(**)が出ています。このレベルの分類は大きく書き換わりつつあります。

さて、このGlomeromycotaという名前を日本語で表記しようとして、困りました。元々4つしかないので、はっきりしたルールがありません。もちろん学名にはちゃんとルールがありますが、問題は和名です。

担子菌、子嚢菌、接合菌と同様に「~mycota」を「~菌門」とする、という方針でGlomeroをカタカナ読みにして「グロメロ菌門」とする意見もあります。しかしそれだけ聞いても意味の分からない記号的な文字列に過ぎませんし、「なんだかエログロみたいでいや~ん」なんてことをはっきり言ったのは私が最初かも知れません(^^;。それに、これではツボカビ門と整合性がとれません。というのも、この伝でいけばツボカビ門は「キトリディオ菌門」とならなければなりませんから。どうも私はあまり支持する気にはなれません。

では、言葉の意味から名付けるべきか。Glomero はラテン語の glomus に由来しますが、これはアーバスキュラー菌根菌の代表的な属である Glomus の名でもあり、意味としては「小球状の」です。となると「小球菌」?まるでダメですね。丸い細菌を「球菌」と呼ぶことは普通であり、それと紛らわしいのでは話になりません。そもそも Glomus (和名はそのままグロムスとされる)の小球状のものは胞子であり、細菌の「球菌」とは比較にならないほど巨大なのに「小球菌」というのは変すぎます。

では、ツボカビ門に倣ってはどうか。ツボカビとはツボカビ門の一つの属 Chytridium の和名です。同様にして Glomeromycota の一つの属 Glomus の和名グロムスをとって「グロムス門」とすれば、語呂もまあまあだし、よさげなんじゃないかな~、というのが私の意見です。

これと類似のもので「グロムス菌門」とする意見もありますが、『「~mycota」を「~菌門」とする』というのにはツボカビという例外(「ツボカビ菌門」とはいわない)もあるわけで、あまり気にする必要はなさそうです。菌学用語集には確かに「菌門」と載っていますが、勝本先生の「菌学ラテン語と命名法」には "-mycota" は「門」として載っています(p.38)。また、「担子菌」「子嚢菌」といった言い方は普通にしますが、「グロムス菌」という言い方は寡聞にして知りません。「AM菌」「アーバスキュラー菌根菌」ならよく聞きますが、だからといって「アーバスキュラー菌根菌門」ってのもちょっと。ゲオシフォンという例外もありますし。というわけで、私はやっぱり「グロムス門」派です。

「~菌門」を支持しない理由となる例外はまだあります。「卵菌門」「サカゲツボカビ門」「ラビリンチュラ門」の存在です。これらは学名ではそれぞれ "Oomycota", "Hyphochytridiomycota", "Labyrinthulomycota" で、どれにも「~mycota」がつきます。しかしこれらはいずれも担子菌や子嚢菌が属する「オピストコンタ上界・菌界」ではなく「ビコンタ上界・ストラミニピラ界(英語読みすればバイコンタ上界・ストラメノパイル界らしい)」に属します。上界の区分についてはもうだいたいこれで固まったんでしょうかね。まあいいや、この場にはあんまり関係ないし。ともあれ界・上界をまたいで遠くに引っ越してしまった卵菌類などの名前ですが、ここでも「~菌門」と「~門」とが入り交じっています。この辺をみても、"mycota" とつくからといって「~菌門」としなければならないことはないと思います。

おまけの半分以上冗談ですが、グロムスというのも Glomus そのまんまでは芸がないので言葉の意味から和名を与えるとすると、「小球状」の菌だからツブカビ、なんちゃって。それ自体は悪くない名前だと思いますが、ツボカビと似すぎていて却下。ましてや門の名前としては大却下。コツブカビ?コツブタケと似すぎていて却下。「小球」を訓読みしてコタマカビ?あるいはタマカビ?何だかぴんと来ないなぁ。んじゃタマキンってのは、という元ネタはとある人から仕入れたものですが、まあとにかく大論外(しまいにゃこのページ、フィルタリングサービスに目をつけられかねんな)。なかなかいい和名は与えにくいですね。それ以前にもうグロムスががっちり定着してしまっているのですが。同様に考えるとAcaulospora はエナシホウシカビ、Scutellospora はサカズキホウシカビですかね。ないよりましかな。そうだ Gigaspora はダイダラホウシカビがいい!ってそれが言いたかったんかい。

しかし、あまり冗談ではない話として、菌根とは何の関係もないのですが、「カエルツボカビ症」問題があります。この病気は英語で Chytridiomycosis といいますが、日本に紹介された当時これを「ツボカビ症」と訳した人がいました。それはそれで自然な訳ではあります。ところが、この病気の病原体 Batrachochytrium dendrobatidis は900種以上いるツボカビ門のうちのたった1種にすぎません。それなのに、「ツボカビ症」という名前、あるいは「ツボカビが原因の病気」という報道のために、ツボカビが全部危険なものであるかのような誤解を招いてしまいました。今では病名は「カエルツボカビ症」、病原体は「カエルツボカビ」と呼ばれるようになってきています。菌の名前の方は日本菌学会大会で和名としてこれが提案されてすんなり受け入れられたのを目撃しました。病名の方はどうも野生動物病理学ないし獣医学の人はあまりこだわっていないのか今でも「ツボカビ症」が使われることがあり、時には一つの文書中に両方出てきます。でもタイトルに掲げられるのは「カエルツボカビ症」の方が多いような印象があります。「カエル・ツボカビ症」は私の知る限り一部のマスコミが使っているのみです。

この一件から考えると、具体的な生き物の名前を上位分類群の名前にするのには,ちょっと問題があるのかも知れません。「グロムス門」という名前にしてしまうと、たとえば Glomeromycota 全体のイメージが Glomus に引っ張られてしまうかもしれません。動物の世界では全面的にやりまくりなこと(チョウ目とかイヌ目とか)なのですが。

とはいうものの、他によい考えもないし、私はやっぱり「グロムス門」を使いたいと思います。


*: Arthur SCHUESSLER, Daniel SCHWARZOTT and Christopher WALKER. (2001) A new fungal phylum, the Glomeromycota: phylogeny and evolution. Mycol. Res. 105 (12) : 1413-1421

# シュスラーのスペルは本当はウーウムラウトüとエスツェットßで表記するのですが、文字コードの制約から代用表現としています。日本語ときちんと共存させるには Unicode を使わなければなりません。というわりにü, ßと使えているのですが、単語の綴りに使うと現状の表示技術ではSCHÜßLERとかなってしまって美しくないので、ちょっと実用にはしたくありません。

## UTF-8に書き直しましたがめんどくさいんでそのまんまにしてます(2013.03)。

**: David S. Hibbett et al. (2007) A higher-level phylogenetic classification of the Fungi. Mycol. Res. 111: 509-547

# この論文の著者は67人もいます。医学の論文みたいですね。それにしても「新門記載」「新亜界記載」というのは初めて見ました。

目次へ