財団法人日本緑化センター刊 グリーン・エージ 第32巻第3号(痛感375号) 8-10ページに掲載


松林と菌根菌

森林総合研究所九州支所 森林微生物管理研究グループ 主任研究官 明間民央

keyword: mycorrhiza, symbiosis, disease suppression, nutrient uptake, water uptake, sucsession, biomass

キーワード:菌根、共生、病害抵抗性、養分吸収、水分吸収、遷移、バイオマス資源

はじめに

日本人にとってマツ林は、もっともなじみ深い森林の一つであった。飛砂に対する備えとして海岸に植栽されたクロマツは、やがて生長とともに落枝・落葉・毬果などの燃料や農業資材の供給源となり、防災と資源供給という二つの機能を発揮する貴重な共有財産として大切に管理された。また、瀬戸内などを除くと里山の本来の極相はアカマツ林ではない場合が多いが、特に都市近郊では過剰な資源採取により退行遷移を起こしてアカマツ林となることがよくあった。例えば京都周辺には13世紀頃から近年に至るまで広くアカマツ林が分布し利用されていたと考えられているし、江戸時代以降は日本各地でアカマツ林が広がり、その中にはオーバーユースとなり持続的利用に失敗してはげ山になった場所もあった。それほどまでにマツ林は燃料などの供給源として重要であった。

一方で、マツ類は代表的な菌根性樹種である。その吸収根のほとんどは菌根化しており、土壌養分の吸収は事実上すべて菌根菌を介して行っている。マツ類と共生する菌根菌にはいわゆるきのこを形成するものが多数あり、菌根性きのこもマツ林の資源の一部であった。中でもマツタケは古くから日本人に好まれ、貴重な現金収入源ともなっていた。その他マツ林には多くの菌根性きのこが発生し、地域住民によって山菜として利用されてきた。そのため菌根菌というときのこだけが注目されがちだが、生活の本体である菌糸体および菌根そのものも、マツ類の生活には欠くことができない重要な役割を果たしている。

菌根とは

菌根とは、菌類と植物根とによって形成される共生体である。マツ類が形成するタイプの菌根である外菌根(または外生菌根)では、菌根の表面は菌糸に覆われて菌鞘となり、皮層の細胞の間には菌糸が侵入して迷路状構造(ハルティヒネット)を形成して植物と物質のやりとりを行っている。ただし外菌根では菌糸は植物の細胞壁の内側に侵入することはなく、これが「外」菌根の名の由来となっている。このタイプの菌根はマツ科の他にブナ科、カバノキ科にも広く見られ、北半球の温帯以北の森林の大半は外菌根性樹種であると言えるだろう。スギやヒノキを主とする日本の人工林は、実は北半球の温帯林としてはかなり例外的な森林である。南半球にもブナ科のナンキョクブナが分布しており、南半球独特の菌根性きのこと外菌根を形成している。熱帯には外菌根性の樹種は比較的少ないが、東南アジアで高さ60mにも及ぶ林冠の主要構成樹種となっているフタバガキ科が外菌根性であり、その足下にはベニタケ科などの菌根性きのこが発生する。

菌根にはこのほかにもいくつかのタイプがあり、その中で農業資材や緑化資材として実用化されているのがVA菌根またはアーバスキュラー菌根である。これは樹木に限らず幅広い植物と共生し、耐久性のある胞子を形成するためこれが資材として利用されている。このタイプでは菌糸が細胞壁の内部に侵入するため、古くは内生菌根と呼ばれていた。他にもいくつかの異なるタイプの菌根があるが、ここでは触れない。

外菌根の機能

マツ類など外菌根性樹木の生活に対し、外菌根が果たす役割は大きく分けて二つある。一つは土壌病害に対する防御、もう一つは養分や水分の吸収促進など根の機能拡張である。外菌根はその構造からも明らかなように、吸収根の表面を物理的に包み込むことによって土壌病原菌の侵入を阻止するし、根の滲出物を吸収しまたは変質させて病原菌を呼び寄せるのを防ぐ。また、菌根では共生菌といえど菌が根の組織に侵入するため根の細胞ではある程度の防御反応が起きており、万一病原菌の侵入を受けても直ちに防御反応を完成させて封じ込めることができる。さらに、マツタケでは菌根化することでマツも菌も単独では持たない抗菌物質を生産することが知られているし、何種類かの菌根菌では根に接触して形態の変化が起こる前から土壌病害抵抗性が向上する例が知られている。

もう一つの機能である根の機能拡張は、特に貧栄養な立地において顕著となる。マツ類と同じく外菌根性であるユーカリで詳細な研究例があるが、菌根菌を接種したユーカリの実生は、接種していないものに比べて低い濃度のリンしか含まない土壌で生育することができた。マツでも同様の結果が得られており、菌根は土壌中の無機栄養が乏しい環境で生息する能力を明らかに高めている。さらに菌根によって乾燥に対する抵抗力も高くなることが近年明らかになってきている。これらの機能は菌根菌の生産する植物ホルモンの影響で菌根すなわち吸収根の量自体が増えること、あるいは外部菌糸を別にした菌根自体の吸収能力も裸の根より高いことも影響しているだろうが、土壌中に大量に存在する菌根菌の外部菌糸によってもたらされる部分が大きいと考えられる。単独の菌糸の太さは細根の百分の一程度であり、根の長さ1メートルあたり300ないし500メートルの外部菌糸があったという報告がなされている。吸収根の表面近くではリンのように移動しにくい肥料要素の「枯渇領域」が形成されて養分吸収が妨げられるが、菌糸がこれを超えて広がることによってより効率的な養分吸収が可能になるし、根の侵入できない微少な隙間にも菌糸なら広がることができるため、より徹底的に土壌養分を利用することができる。

このように菌根によって根の能力が拡張されて植物はより貧栄養や乾燥に耐えることができるようになるが、これらはアカマツ林の環境の特徴そのものである。アカマツは乾燥した痩せ地を好むとされているが、そのような環境に耐える能力は、菌根があったればこそと言えるであろう。

図 外菌根性樹木と菌根菌との間の物質とエネルギーの授受

マツが好む環境

日本のマツ林と言えば先に挙げた海岸クロマツ林と里山アカマツ林が代表的だが、実はこれらは本来安定した系ではない。両種はともに先駆的性質が強く、菌根菌の力を借りて荒れ地によく耐え成林することができる。もっとも火山噴火の被災地のような全く無生物の荒れ地では、マツ類の種子が飛来し発芽しても菌根菌と出会うことができず、本来の耐環境性を獲得できないまま終わることも多い。そのような場所では、かろうじて生き延びていた実生が恐らく動物によって持ち込まれた菌根菌と出会って突如急激に生長を始め、まもなく周囲に菌根性きのこの発生が始まることがある。しかし土砂崩れや山火事程度の通常の攪乱では菌根菌が全くいなくなることはないため、マツ類は発芽後さほどたたないうちに菌根化することができる。そのようにして定着し成林したマツ類は、しかしその場所で世代を繰り返すことはあまりなく、遷移の進行に従って広葉樹にその座を譲るのが普通である。アカマツが残るのは降水量が制限要因となる場合を除くと尾根筋など他の樹種が侵入できない劣悪な環境の場所に限られるし、クロマツも天然生の個体は岩場などに見られることが多い。

このような樹種交代は、通常は樹種間の光を巡る競争や稚樹の光要求性などで説明されるが、菌根の面からも部分的に説明できるだろう。マツ類では、土壌養分と菌根の発達の関係を見た場合、土壌が肥沃であると菌根の発達が相対的に悪くなるという報告がある。根系と地上部との比率自体も地上部寄りに偏るため、全体として根の能力が衰えることになる。さらに、アカマツやクロマツと共生する菌根菌には有機物の多い土壌を嫌うものが多い。そのため、肥沃化した松林では菌根菌が減少し、一方で土壌病原菌の密度は荒れ地より高くなりやすいため、菌根の防御機能も十分に働かなくなると考えられる。そのため、地上に有機物の蓄積が進み土壌が肥沃化するとマツは生理的に脆弱化すると考えられる。これが広葉樹との競争に敗れる一因となっているのかも知れない。

逆に土壌が貧栄養なままであれば、マツは根系や菌根の発達もよく十分に耐環境性を発揮でき、広葉樹には厳しい環境なので競争相手も現れず、マツ林が継続することになる。実際に数百年にわたって継続しているマツ林は日本各地にある。しかし通常は落枝落葉が蓄積するし、草本や灌木が生えて土壌の形成が進み、肥沃化する。その過程を阻止してきたもの、それは人間である。

冒頭にも述べたように、かつてマツ林は燃料などの資源供給地として重要だったが、その資源とは、松葉や松かさ、枯れ枝や灌木など今でいうバイオマス資源であった。これらを林外に持ち出してしまえば、土壌に有機物が蓄積することはなく、貧栄養な状態が維持されることになる。つまり人間は、マツ林で松葉掻きや柴刈りをすることで林内の土壌環境をマツと菌根菌に適したものに維持してきたのである。

キーストーン種は人間

マツは菌根菌と共生することによって高い耐環境性を備え、厳しい環境に耐えて成林することができ、また人間による資源収奪圧に耐えて最後まで残る樹種ともなった。しかし乾燥や貧栄養に対しては強力であるマツと菌根菌の組み合わせも土壌の富栄養化の前には無力で、菌根は衰退してマツは脆弱化し、広葉樹に置き換わっていく。この過程を数百年にわたって止めてマツ林という生態系を維持してきたのは人間である。すなわち、マツ林の生態系におけるキーストーン種は人間に他ならない。日本の人里近くのマツ林は、マツと菌根菌との単純な二者共生ではなく、人間を含めた三者共生を基軸として成り立ってきたのである。

マツ林で菌根性きのこの調査を行っていて、出会った土地のご老人に昔の話を教えていただくことがある。たいてい皆さんこうおっしゃる。

「きのこねぇ、子供の頃はよく採っていたけど、最近は林に人が入らなくなって草ぼうぼうになって、すっかり出なくなってしまったよ。昔はこんなに落ち葉が積もったりもしてなかったもんだけどねぇ。」

「松林と菌根菌」という関係は、人間が支えてきたものであったのだ。


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