基本的に二者培養系での作業と同じです。無菌性に気を遣う必要がないのでたいへん気が楽です。一部違う点もありますので、そこについて。
消毒したマツの種子を発芽させます。無菌にする必要はありませんが、無菌根を維持する必要があるので、それなりの工夫が必要です。
開放系では無菌性検定は不要ですが、発芽を揃えるための促進処理は行った方が斉一な実生が得られます。無菌系と同様にホルモン処理を行うこともできますが、開放系ならではの方法として物理的に殻割りを行うこともできます。その方法は、十分吸水した種子の尖った部分を両脇からピンセットか爪の先で軽くつまんで「プチッ」と割るというものです。種子は全体にやや扁平で、尖った部分には側面に稜線がありますが、発芽時にはこの線から割れます。そのため、稜線上を爪でつまんで、内部の幼根を傷つけないようにそっと力をかけて割って吸水と幼根の伸長を助けてやります。
クロマツ種子をピンセットでつまんだところ、この稜線部を軽くつまんで割ってやる
接種まではバーミキュライトや砂などの素材で育成します。開放系とはいえ目的外の菌根菌の混入を防ぐため、清潔な材料をいったんオートクレーブして使うようにします。これには材料を水になじませるという意味もあります。あまりきれいでない、有機物が混ざっているようなものを使うと、オートクレーブ後に微生物的空き家になってトリコデルマやペニシリウムが大繁殖したりするおそれがあります。変なものが煮えていやーな臭いがしていたり。ただ、アカマツ林のB層土壌ならオートクレーブして使っても問題ないという話も聞きました。
育成期間はおおむね子葉が開ききってから初生葉が伸び始める程度まで。子葉が開きはじめるとついついその先に付いている種子の殻を取ってしまいたくなりますが(ならない?)、これは取ってはいけません。この段階ではまだ中に胚乳が残っていて、取ってしまうと初期生長に響きます。よく分かりませんが子葉の先端から養分を吸収しているように見えます。たまにうまく脱落しないで子葉の先がちぎれたりするものがないこともない(たぶん1%以下)ですが、余計なことをせず自然に開くのを待ちます。子葉が開いたらもう取っても大丈夫です。
ここまで来れば一応接種可能です。もちろんさらにしばらく置いて大きくしても構いません。軸が木化するまで待った方が扱いは容易になります。十分な肥料と水を与えればそのまま無菌根でも生育は可能です。実験室内なら(きのこを持ち込んだりしない限り)菌根のコンタミもまずありません。
無菌系で用いたような接種観察容器を利用することももちろん可能です。しかし開放系ではトリコデルマやペニシリウムが侵入してわけの分からないことになる恐れがあります。このような場合、例えばショウロ・クロマツ系では水の代わりにベノミル0.01%水溶液を用いると雑菌をいくらか抑えることができます。接種観察容器内の脱脂綿を湿らせる水に添加します。別項にも書きましたが抗菌剤への感受性は菌の種類によって異なるので予備試験が必要ですし、この手が使えない菌もあるでしょう。
ショウロでやっている方法で、むかしこれで特許というものを取ってみたりしましたが今は失効しています。
初期には下記のように凝固剤として希塩酸を使っていましたが、最近は1%塩化カルシウム水溶液で充分であることに気がつき、これなら浸透圧による害もないので、すっかり鞍替えしました。以下の記述は希塩酸を1%塩化カルシウム水溶液に読み替えて下さい(2020.08追記)。
成熟したきのこをミキサーにかけて濃厚胞子懸濁液を得ます。具体的なことは菌根性きのこのいくつかについてにも少し書きました。そうやって得た胞子液を適当に薄めて、増粘・ゲル化剤としてアルギン酸ナトリウムを1%加えます。完熟ショウロで作った場合10倍希釈なら確実、30倍でもまず大丈夫でした。ただしこれは原液の品質に影響されます。ここに上記のようにして育てた苗の根を浸して、引き上げると根に胞子ゾルが絡みますからこれを0.1Nくらいの希塩酸にディップして固定します。2%乳酸カルシウムとか0.4N塩化カルシウムとかでも固まるそうですが、胞子はともかく根は脆弱なのであんまり薬品にさらしたくないため、一瞬で固まる塩酸を使っています。作業効率もいいですし。小さな苗ならだいたい1本あたり1グラム前後消費するはずです。10倍希釈の濃厚ゾルを使っても、100本接種するのに胞子原液10g、1:1加水でミキサーにかけたのなら成熟ショウロ5g、ということは2-3個程度必要です。でもこれよりだいぶ(何桁か)薄くてもだいたいうまくいきます。なお、このゲルはすぐに生分解されます。
バリエーションとして、胞子を含むアルギン酸ナトリウムゾルを希塩酸に滴下してゲルにしてから苗の根に与える方法もあります。滴下するときそっとぽたぽた垂らすと何やらタピオカパールのような、濃度によっては赤血球のような形のつぶつぶになるので、すくって用います。胞子の量をきっちり決めたいときにはこの方法を用い、ピペットで一定量吸い上げたゾルをゲル化して与える方がいいでしょう。でもピペット内壁に粘り着くのであんまり正確にはなりません。気に入らないなら希塩酸の入ったビーカーを電子天秤に載せて滴下量を測定し、少しも残さずすくい取ってはゼロ点をあわせ直して次を滴下。
根に胞子ゲルを付けた苗は、そのまま菌根菌を含まない培土で鉢植えしてしばらく育てます。もちろん透明ケースで観察することもできます。植えてから早ければ3週間、遅くても1ヶ月半くらいで菌根ができてきます。ショウロは菌根を作るとすぐに菌糸束を伸ばして周囲に蔓延しようとします。ヤマドリタケモドキもクヌギの根の上で似たような振る舞いを示しました。
(この項未完)