ブナ科樹木への外菌根菌の接種

ブナ科樹木の扱い方についてはそれほど情報が多くない(見つけられなかっただけ?)ようなので、現状で試行錯誤している内容ですがメモしておきます。まだ全然接種には至っていませんし、無菌系の仕事をやる予定は当面ないので開放系での話だけですが、ご参考になれば。無菌系に持ち込むには「殻をむけば簡単」と奈良県のYさんがおっしゃっていました。

なお、今までに使ったのはクヌギ Quercus acutissima Carruth.とシラカシ Q. myrsinifolia Blumeです。どうやらマテバシイ Lithocarpus edulis (Makino) Nakaiも扱う必要がありそうです。学名は米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名・学名インデックス」(YList),http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html(2007年9月12日)に依りました。

種子の入手法

私は全部自分で集めています。種子生産量には豊凶があるので、不作の年はなかなか集まらないしいいものが手に入りません。生け垣に使われるような樹種なら、普通はポット苗での販売でしょうけれど、造園業者さんで種子が入手できることもあるようです。シイタケのほだ木用のクヌギも昭和の頃は種子が販売されていたようですが、現状は分かりません。

種子の入手といっても要するにドングリ拾いです。成熟具合を観察し、落ちたらなるべく早く集めます。この辺(茨城県南)だとクリで10月上旬、クヌギで10月中旬、シラカシで11月上旬くらいでしょうか。台風など荒天のあとにはたくさん落ちていますし、乾燥している恐れもないので好都合です。

種子の保存法

保存性はよくありません。乾燥させないのが基本です。マツの種子などのように乾かしてしまうともうダメです。ドングリの類は冷蔵しておいてもせいぜい1~2年しか保たないことが知られており、「短命種子」と呼ばれています。

虫食いもそれなりにあります。ある程度は水選で分かります。十分湿った種子を水中に投ずると、ほとんどは沈みますが一部に浮くものもあります。これはひからびているか虫食いか、いずれにせよよくないので除きます。そのほか殻斗(いわゆるドングリのお皿)を取り除いたりしてきれいな種子だけにしたら、乾かないようにして0℃で冷蔵すれば少しは持ちます。

クリの場合虫食い率がかなり高いので、温湯処理で殺虫を行います。産地各県で検討された結果、50℃30分が標準のようです。これで虫は死んで発芽はする状態になります。うちの研究室の給湯温水は48℃なので、そのまま30分間流しかけて処理しました。実績は1回ですが結果は良好でした。

クヌギも同様だそうです。50℃50分と聞いたことがありますが、48℃温湯を洗面器に張ってドングリを放り込んで1時間放置でいけるみたいです。昔の資料を見ると臭化メチルや二硫化炭素を使っていたそうですが、さすがに今は使えませんので。

シラカシやマテバシイは殺虫に成功する条件を見出していませんが、たくさん採れますし、殺虫処理は特に要らないかも知れません。

クリもクヌギもシラカシも休眠しています。とってすぐ十分に湿った状態で暖かい部屋に置いても何事も起こらず、冬の寒さに当てると翌年の春に芽を出します。ナラ類など種類によっては上胚軸休眠のものもあり、それらは落ちてすぐ発根してそのままの状態で春を待って、上胚軸休眠が解けてから芽を出し葉を広げます。コナラなどは種子を採ったらすぐ植え付けるべきでしょう。クヌギやシラカシは根も出さずに寝ています。

冬の寒さに当てるのに、一番いいのは採り蒔きで(採ってすぐ蒔く)植えてしまうことですが、できないときは野外で土に埋めたり、冷蔵庫で保存したりします。土に埋めるときには、ねずみさんに注意。冷蔵庫では酸欠注意。結構呼吸しているので、たくさん詰め込んで密封すると酸欠で死にます。全滅します。かといって蓋をせずにおくと乾燥して死にます。結構微妙です。大量に扱う場合は畑に穴を掘って土管を縦に埋めて清潔な砂を詰めてそこに埋めるそうです。

発芽処理

上記の通り水を吸わせるだけでは発芽しないので、休眠打破が必要です。一番簡単には、冬の寒さに当てることです。

熊本でクヌギを蒔いたときには、11月頃集めた種子を植木鉢に入れたバーミキュライトに埋めて、コンクリートのたたきの上に出しておきました。下から無用の菌根菌が侵入するのを抑えるためですが、必要があったのか効果があったのかは分かりません。その状態で週に数回水やりをして湿潤状態を保ちました。雪が降ったり氷が張ったりしてもそのまま(熊本は案外寒いのです)。すると4月中に芽が出てきたので、取り出して個別の鉢に植え替えました。この状態では全く菌根はついていませんでした。

つくばで蒔いたときは、10月頃に拾い集めた種子を湿らせた水苔と共にポリ袋に詰めて翌春まで冷蔵庫に入れておきました。3月末になるとけなげにも冷蔵庫の中で根を出し始めるものもあります。これをバーミキュライトに蒔いて水やりを続けると、4月中に芽を出しました。

つくばでシラカシを発芽させたときは、11月に集めた種子を十分湿らせた砂に撒いて、さらに上からも少し砂をかけて戸外に放置しました。といっても砂埃に混じって目的外の菌が入ったりしにくいよう雨覆いは掛けておきました。時々乾燥しすぎていないことをチェックし続けていると、4月末頃発根が始まりました。なお、ドングリの仲間は子葉を展開しません。あのぶっとい子葉は殻の中に残したまま、シュートが伸びて本葉が出てきます。

マテバシイはもう少し難しいかも知れません。濡らしてポリ袋に詰めて冷蔵庫に放り込んでたっぷりがっちり冬を経験させてから翌年4月半ばに23度の半制御温室で蒔いたのですが、ほとんど発芽しませんでした。

…と思って半ばあきらめつつも5月末頃いくつか取って割ってみると、中は腐っていません。どうやら生きてはいるようです。冷蔵庫に入れてあったので寒さ不足ではないとは思うのですが、なんだか休眠が解けていない風情です。未練がましく水やりだけ続けていると、6月末頃にぽろぽろと発芽が始まりました。もう、お寝坊さんなんだから♥、っていうか生きててくれてよかった。

その後もぽつぽつと発芽が続き、8月半ばに出てくるものもありますが、まだ半分も発芽していません。この時期になると母樹の上では次のドングリが育っています。それにしても落ちてから1年近く寝ているとは…。やっぱり何か取り扱いがまずかったのだろうか、まあ必要な材料が手に入るならそれ以上の最適化は不要ではありますが。結局残り半分は発芽しませんでした。

鉢への移植

根が出始めたら、できればあまり伸びないうち(数cmまで)に個別容器に移します。放っておくと主根が曲がりますし、さらに放っておくと細根がひっからまってとれなくなってしまいます。そうなると無理にむしって傷めるのもまずいし、使うのが困難になります。多数必要な場合などやむを得ない場合は育苗箱で育てますが、箱を台の上に直接置くと根が突き抜けてしまうので、何かをかませて下に隙間を作るようにします。こうしておくと根が育苗箱の底に突き当たったところで「空気根切り」効果が生じてそれ以上伸びません。ただ、横には伸びるのであんまり放置しておくことは望ましくありません。

植え付ける向きにも気を遣った方がよいでしょう。根はドングリのてっぺんから出ていますが、芽も同じところから出ますので、植え付けるときはドングリを横向きにするようにします。下向きにしたりすると地際でねじれたような苗になってしまいます。

個別容器としては、できる限り深いものを使うと根系が自然な形になります。クヌギの根系は、まるでニンジンのように主根が太るのが特徴です。浅い鉢ではグニャグニャに曲がってしまいます。シラカシはそこまで太くなりませんが、顕著な主根がまっすぐ下に伸びます。どちらも水管理にはマツより神経を使う必要があります。

用土としては本来どちらも肥沃な土を好むそうですが、実験では土を落として菌根のチェックをしたりする必要があるので、細粒赤玉土とセラミックの混合土を利用しています。たまたま研究室にあった筒状の育苗コンテナを使い、底孔に水苔を詰めてその上に流し込みました。使うときは十分湿らせて引き抜くか水中で逆さにすればとれます。菌根がついていなければ、根の表面に付着しているものを除いてきれいに土がとれます。万一菌根化していると根外菌糸が土の粒子を綴って塊にするのですぐ分かります。

もう少し大規模にやるためには、マルチキャビティコンテナ(JFA 300ccタイプ)が使えます。入手がちょっと(?)困難ですが。一般的なコンテナ苗育成条件でいけます。ピートモスに緩効性化学肥料(私はハイポネックスのオスモコートエグザクトを使っています)を混ぜたものを使い、毎日大過剰灌水。コンテナとしては大型ですが、地上部の広がりや根系形状を考えるとこれかな、と。