報文
明間民央*2 永守直樹*3 蒲原邦行*3
*1 Akema, T, Nagamori, N. and Kamohara, K. : Preferable environmental conditions for the fruit body production of edible mycorrhizal mushroom "Shouro", Rhizopogon rubescens.
*2 森林総合研究所九州支所 Kyushu Res. Center, For. and Forest Prod. Res. Inst., Kumamoto, 860-0862
*3 佐賀県林業試験場 Saga Forest Experiment Station, Saga, 840-0212
ショウロRhizopogon rubescensは海岸クロマツ林によく発生する菌根性食用きのこで、一般に腹菌類としてヒメノガステル目ショウロ科に分類されているが、最近では分子分類によってイグチ類との類縁性が指摘されており(Grubisha et al., 2001)、ショウロ属 Rhizopogon はヌメリイグチ属 Suillus, オウギタケ属 Gomphidius, クギタケ属 Chroogomphus, アルポバ属 Alpova などとともに Suilloid と総称されている。ショウロ属の子実体は地中生から半地中生で、胞子が成熟すると最終的にグレバは液状になるが、担子胞子の耐久性は高く、濃厚胞子懸濁液を2年間冷蔵保存しても感染力を保っていた(Castellano, 1994)例もあり、ヌメリイグチ属とともに担子胞子を用いた人工接種が比較的容易な菌である。日本にはショウロの他 R. luteolus ホンショウロ、R. succosus アカショウロ、R. nigrescens オオショウロなどが知られているが、一般に食用とされるのはショウロ R. rubescens のみである。
ショウロの好む発生環境は、Hasford and Trappe (1988)にもあるように一般に下生えの少ない砂地とされており、小川(1983)もショウロが好むのはクロマツ林でも若い林の落ち葉のないところとしている。既往の発生誘導試験でも海砂の客土(平佐 1990)にクロマツの苗を植えて子実体を発生させている。しかし実際に海岸クロマツ林で調査すると、砂地ならショウロが発生するとは限らない。そのため、接種実験の材料としてショウロの子実体を収集した際の記録を元に採集できた場所とできなかった場所とを比較し、ショウロの発生に必要な環境条件について検討した。
調査は佐賀県の虹ノ松原、鹿児島県の吹上浜、宮崎県の一ツ葉海岸の3カ所で行った。いずれも過去にショウロの産地として知られていた場所であるが、現在は地元民でも実物を見たことがないというほど生産が減少している。
虹ノ松原ではJR虹ノ松原駅以西を中心に林内を踏査し、さらに周辺の防波堤裏に植栽されたクロマツの周辺も調査した。また林内には発生促進試験地を設け、1.8m間隔で植栽されたクロマツ2年生苗72本の林分に1998年3月以降ショウロの発生消長を調査した。吹上浜では日置市の吹上高校付近の風倒木によって生じたと思われるギャップ、入来浜近くの林内作業道の法面などを中心に探索し、さらに南下して金峰町内でも発生地点を探索した。一ツ葉海岸では一ツ葉サンビーチ付近のクロマツ新植地とその周辺を調査した。
虹ノ松原で天然のショウロの発生が見られたのは、海岸線からおおむね200m以内の土壌の未発達な場所に限られ、それより内陸側では若いクロマツがありの下生えのない場所でも発生していなかった(注)。内陸寄りでは表面が砂でもA層が形成されていたのに対し、海岸近くでは有機物層があってもその下の砂の層にはあまり有機物が浸透していなかった。また、海岸近くの若いクロマツの周辺でも地表があまり攪乱されていない場所ではショウロはわずかで、発生が多いのは大きなクロマツの根返りや枯損木処理のために地表が攪乱された場所(写真−1)だった。
意図的な攪乱を行った発生促進試験地では、松葉掻きなどの手入れを継続的に行っており、腐植層の蓄積はほとんどない状態を保っている。接種は行っていないが、1998年の設定直後からわずかながらショウロの発生が認められ、その後2001年までは旺盛な発生が見られた。しかし2002年からは発生量は減少している。年度別の発生量を図−1に示す。
防波堤の内側に植栽されたクロマツの下の地表は、砂の上にやや厚くリターが堆積した状態で、2001年にはそこでもショウロが採集できた。しかし2003年からはまったく発生しなくなった。2005年3月の調査で詳細に観察したところ、落葉の下の砂を2-3cm掘るともう一層埋没したリター層があり、分解が進んで腐植化しているのが観察された。これは強風による飛砂で堆積していたリターが埋没したものと思われる(写真−2)。
吹上浜では、風倒木処理跡で大きく地面が攪乱されて有機物をあまり含まない砂の層が露出したところに4-5年生の天然生実生が成立している場所で1999年3月に200g以上の子実体を採集したが、翌年は発生が少なく、2001年以降は訪れるたびに表面の落葉を除去して砂を露出させて発生の維持を試みたが、現在では全く発生しなくなった。部分的に砂が露出している場所もあるが、虹ノ松原の内陸部同様に、表面は砂に見えるものの、地下では砂の間に腐植が蓄積していた。入来浜付近の作業道の法面では、砂の層が露出した場所に発生が見られ、崩れた砂がススキの株元にたまった場所では時に大型の子実体が得られた。金峰町では1990年代にマツ材線虫病によりクロマツ林が壊滅的な打撃を受け、現在は樹齢10年前後の若いクロマツ林になっている。ここに最近新しく開かれた道路があり、その法面にもショウロの発生が見られた。
一ツ葉海岸海岸でショウロが発生しているのは、工事を行って地表を攪乱したあとに植えられたばかりの林分で、地表はほとんど腐植のない砂である(写真−3)。近傍には十数年生あるいはそれ以上のクロマツ林があるが、そこではショウロは発生していなかった。発生している場所のクロマツは6-7年生程度で、2005年3月に120gほどの子実体を得ることができた。
各調査地でのショウロの子実体が発生していた場所に共通していた条件は、下生えのない砂地である上に、砂の中に腐植の蓄積が少ないことであった。この点は冨川(2002)もショウロが発生するのは落葉が堆積していないか、堆積していても腐植層のない場所の深さ2cmまでか落葉層と地表との境であると指摘している。また、発生が見られた場所で地表の落葉除去を行っても発生を継続させることはできず、虹ノ松原の発生促進試験地でも処理3年後をピークに発生は減少に転じている。これは林床処理による発生試験で共通に見られる傾向で、新原ら(1992)によると1987年設定のショウロ発生試験地では落葉除去などの管理を続けても1991年には発生は終了しており、平佐(1992)も木炭埋め込みにより3〜4倍の増収が見られたが3年目には効果が減り、6年目にはほぼ発生終了したと述べている。この理由については、除去しきれない有機物の蓄積による土壌環境の変化や、クロマツの生長に伴い直射日光が遮られ温度・湿度条件が変化すること、菌根菌の遷移などが考えられる。この点を明らかにするにはさらなる調査が必要であり、虹ノ松原の試験地では除伐・枝打ちによって地表の環境を再び裸地に近づける試験を行っているところである。
ショウロは苗畑で床替えから1年未満で大量に発生した例もあり(平佐 1991)、虹ノ松原の試験地でも設定した年内に発生を見ている(蒲原 1999)ことから、先駆的性質の強い菌であると考えられる。Fox (1986)は菌根菌をearly stage fungiとlate stage fungiとに分け、前者は樹木が新しく発生させた根にいち早く菌根を形成し早期に子実体を形成させるが、時間とともに後者に置換されると述べている。ショウロはこの分類によるとearly stage fungiと考えられるが、early stage fungiは一般に散布能力が高く菌糸断片による定着も可能とされているのに対し、ショウロは野外での菌糸による接種は比較的難しく(Castellano, 1994)、有菌的菌根合成はポットレベルでのみ成功している(平佐ら 1995)程度であり、ショウロは典型的なearly stage fungiとは言えない。しかし小動物の糞中からショウロ属のDNAが検出される(Izzo et al., 2005)など動物散布を行うと考えられ、胞子の耐久力も高いことから、散布能力自体は高いと思われる。
福里ら(1994)は既に菌根が定着しているクロマツ苗にショウロを胞子接種しても子実体が発生したことからショウロによる菌根の置換の可能性を指摘しているが、3年生実生を移植した直後の接種処理であり、他の報告ともあわせて考えると、移植後に大量に発生した菌根を持たない新根に対し新規に菌根を形成したものと考えることもできる。そうであれば、他の例もあわせて考えるとショウロはearly stage的性質を持つ攪乱依存性のきのこであると考えられ、早期の子実体発生や数年で発生が終息することも説明できる。
ショウロの発生を促進するには木炭が有効であることが知られており(小川 1983)、繰り返し実証されてきた(福里ら 1989, 平佐 1992など)。またショウロの菌糸生長はpH7-8で最もよいことも知られている(福里ら 1991)。また小川(1983)はショウロが窒素肥料を好むと述べており、平佐(1991)では十分に施肥を行った苗畑でショウロが発生している。また七宮(1971)はショウロがクロマツ落葉の堆積が多いところには発生せず、マメ科の落葉の堆積する場所に多いと述べており、これは窒素を好むという記述と矛盾しない。さらに、徳田ら(1989)によると木炭と肥料を同時に施用した場合に最もよくショウロが発生するという。これらのことと、ショウロが攪乱依存的生態を持つと考えられることとをあわせると、ショウロの発生に最も適した環境は、土壌が中性に近くて肥沃であり、なおかつ攪乱を受けた場所であると考えられる。従って、人為的にショウロの発生を誘導し発生を維持させるには、木炭と肥料の施用とともに、新根の発生を促すような定期的な土壌の攪乱が必要であると考えられる。