テキスト ボックス: 緯度

図2 年輪の炭素同位体比時系列間の相関係数と産地間距離の関係 お互いに産地が近い木材同士と○)は、産地が離れた木材同士に比べ、年輪の同位体比変動パターンの類似性が高いことが分かります。

安定同位体フィンガープリントを用いた木材の産地判別法

 

森林総合研究所 組織材質研究室 主任研究員 香川聡

研究の背景

森林は地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の吸収源ですが、世界全体のCO排出量の約5分の1が森林減少・劣化によるものであることがIPCCにより報告されています。現在、農地転換・違法伐採等により毎年本州の3分の2以上の面積が世界中の森林から失われていますが、木材の産地が高精度で判別できれば、違法伐採に対する抑止技術として期待ができます。

 そこで、森林総合研究所組織材質研究室では、食品・農産物の産地判別に広く用いられている安定同位体フィンガープリント法を木材(原木丸太)に適用して、木材の産地判別における有効性を調べました。

 

 

 そこで、本当は産地が分かっている木材を産地未知の木材と仮定し、周辺の木材の炭素同位体比フィンガープリントとの類似性を計算して木材の産地を推定したところ、高い空間精度(推定空間誤差180km以下)・高信頼度(有意水準<10−5%)で木材の産地を判別することができました(図)。 この手法が最も産地判別の空間精度が高いと思われます。

図3 炭素同位体比時系列による木材の産地判別 産地未知の木材(実産地×印)の年輪の炭素同位体比時系列は、実際の産地周辺の樹木と高い類似性(値、○印の直径)を示すので、類似性が最大になる地点(色等高線の赤色部分)を探すことにより、木材の産地が推定できます。

年輪の炭素同位体比は主に樹木が生育した産地の降水量を反映するので、周辺の木材の炭素同位体比と比較する代わりに、周辺の測候所の気象データと比較することによっても産地推定がある程度は可能です。図4は違法伐採の深刻な極東ロシア産材の年輪の炭素同位体比を測定し、世界各地の6-7月の降水量データとの相関を計算して産地を推定した例です。年輪幅も、年輪の安定同位体比と同様に気候復元・産地推定に用いられてきましたが、年輪の安定同位体比は従来用いられてきた年輪幅に比べて産地推定に大変有効であることが分かります。この気象データと比較する手法は図3の手法に比べてやや産地推定の空間精度が悪いという予備結果が得られていますが、本手法を年輪の酸素・炭素同位体比時系列に適用することにより、極東シベリア産、日本産の木材の産地判別に成功しています(空間誤差250km程度)。

図4 気象データとの相関の計算による木材の産地推定 (左)極東ロシア(ヤクーツク)産のヨーロッパアカマツ材1個体の年輪の炭素同位体比を1年毎に分析し、世界中の測候所の降水量データとの相関を計算した。相関が最大になる地点(青色部)として産地を推定できた。(右)同じ個体の年輪幅を1年毎に測定し、世界中の降水量データとの相関を計算した例。年輪幅では産地は推定できなかった。

成果の意義と活用

 林野庁では、グリーン購入法により政府調達の対象とする木材・木材製品について、合法性、持続可能性の証明に必要な事項を定めていますが、その中でも産地は最も重要な情報です。木材の産地を高精度で判別できれば、違法伐採材の使用を抑制し、国産材のような合法性・持続可能性の証明された木材及び木材製品の利用を促進することが出来ます。現在、我々は違法伐採の深刻なインドネシアを含む東南アジア産のチーク材や、国内の木材主要産地周辺での年輪の安定同位体データベースを構築中で、これにより同地域で高精度の木材の産地判別が可能になると思われます。

 

用語解説

 

安定同位体比

 安定同位体は原子番号(陽子数)が同じで,質量数(陽子と中性子の数の和)が異なる原子同士のうち、放射線を出さないものを指します。炭素の安定同位体には13Cと12Cがあり、存在比はそれぞれ1.1%、98.9%です。炭素同位体比は13Cと12Cの比から計算されます。

 

成果発表 

 

本成果はJournal of Wood Science誌に20101月頃に掲載予定です。

 

Kagawa A., Leavitt S.W. Stable carbon isotopes of tree rings as a tool to pinpoint the geographic origin of timber. Journal of Wood Science (in press)

 

産地判別研究の協力者(木材生産者・NGO等)募集

 

 木材の産地を高精度で判別するためには、産地の緯度・経度(GPSで10m以下の誤差で測定、後で切り株が特定できる精度が理想)、伐採年月が正確にわかった円盤試料が必要です。試料は胸高部(下図)から採取した円盤が望ましいです。例えば、●●県にある△×林業が生産した木材を認証するためには、生産林から比較的樹齢の長い樹木の円盤を採取し、その同位体を測定することにより、その周辺300km以内から生産された木材を判別することができると予想されます。協力していただける方は独立行政法人 森林総合研究所 組織材質研究室 香川聡(029−829−8301)まで連絡ください。

 なお、本研究は科学研究費補助金 若手A違法伐採・産地偽装対策のための木材産地識別技術の開発 」により行っています。現在、国産・ロシア産木材、東南アジア産チークの提供者を探しています。

 

 

新手法:複数年輪を分けて分析、産地既知の木材との相関係数を計算

産地未知木材

テキスト ボックス: δ18O

δ18O

 

複数データ同士のデータ比較のため精度が良く(誤差180km以下)、誤判定率も小さい。

1点同士のデータ比較のため精度が悪く(誤差1000km以上)、誤判定率も大きい。

 

従来法:複数年輪をまとめて分析し、産地既知の木材と比較

産地識別の方法

 世界中の全ての木材は、その産地に特有な安定同位体フィンガープリントを有していて、それらは年輪の安定同位体比時系列として表現できます(図)。 その理由は、年輪の安定同位体比が降水量・湿度・温度などの気候因子と関係しているからで、従来、年輪の安定同位体比は古気候復元に用いられてきました。同一産地の木材はその産地の気候の経年変化を反映した共通の同位体比の変動パターンを持ち、そのパターンは産地に特有なので、産地識別が可能になるのです。

 我々が考案した木材産地判別法は「近くに生えている木同士ほど年輪の同位体フィンガープリントの類似性が高い」という性質を利用しています。図2のように、アメリカ南西部でお互いに産地が近い木材の年輪の炭素同位体比時系列同士を比較すると(と○)、高い類似性(相関係数r=0.83)が見られますが、お互いの産地が離れた木材同士を比較すると()、類似性は低くなります(r=0.48)。

図1 産地識別精度を飛躍的に向上させる新手法の原理

1年生の農産物の産地判別と違い、樹木は数十年以上の間成長して年輪を形成する。そこで研究代表者はドイツ留学中の2007年に、「木材は年輪の同位体比時系列作成により多数の安定同位体比データを複数年にわたって比較することができるので、産地判別の精度が飛躍的に向上できるのでは」(図1)と予想した。そこで、古気候復元のために構築されたアメリカ産マツおよび日本産スギ・ヒノキの同位体比データ(Kagawa & Leavitt 2010 in press, 中塚武ら未発表)を用いて本着想の検証を行ったところ、木材の産地が誤差60−300kmで判別可能であり(図3、図4)、木材産地認証技術として十分な精度が実現できることが分かった。

(はじめに)

 違法伐採が深刻な発展途上国の政府は、木材の海外輸出を禁止・規制していますが、木材の産出国(伐採国)を判別できれば、違法伐採抑止に役立てることができます。現在、日本ではグリーン購入法のように、日本国内で違法伐採材を輸入・消費しないことを推奨する制度が導入されています。また、木材表示推進協議会は木材の産地・樹種の自主表示を推進しています。しかし、日本には木材の産地・樹種表示を義務づける法律はありません。一方、アメリカでは違法伐採対策として、200812より木材の産地・樹種表示を義務づける法律レーシー法)が導入されました。EUでも同様の法律(Due Dilligence)が検討されています。

年輪の酸素・炭素同位体比データベース構築により、データベースのある地域では誤差50km程度での産地判別が期待でき、これは産出国を判別するには十分な精度です。精度が250km程度でよければ、降水量との相関を計算する方法により、すでに非熱帯地域の木材の産地を判別できます。人工衛星で森林減少・劣化の状況がリアルタイムで観測されていますが、違法伐採が深刻な地域で年輪の同位体データベースを作って精度良い判別を行い、それ以外の地域はデータベースの必要のない降水量データによる産地判別をする方法により、違法伐採材の日本国内への輸入を水際で阻止するという応用が期待できます。